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悪くなっても良くはならない
噛んでも味のしない人生。
遠のく意識の中、冬彦のあの言葉をもう一度思い出していた。
冷たい冬の風みたいな声色だった。
仰向けになり倒れ込む俺を撮影する音が聞こえる。
刺された腰をアスファルトに付けて寝転んでいるが、もう先程までの激痛はなくて感覚が鈍くなっていくのがわかる。
星の代わりにネオンが輝いていた。
赤、青、黄色。色とりどりの看板が客を誘おうと光っていて眩しい。
パレードの輝きは素直に綺麗だと思えるが、この輝きは品がなくてやかましい。
相変わらず騒がしい人の声に埋もれながら段々と霞む視界に幻覚が映る。
「冬彦…?」
いるはずのない冬彦の幻影を呼んだが返事はなかった。
ゆらゆらと揺めきながらゆっくりと消えていく。
タバコの煙みたいにゆっくりとじんわりと空気に溶けて跡形もなく。
このまま死ぬのかな?
ここで終わっても支障のない人生だし、そうならそうでいいかもしれない。
水野さとみの復讐を叶えてあげよう。それがせめてもの償いになればいいのだが。
ただ心残りなのは冬彦だ。
「…愛してる…」
もう消えてしまった冬彦の幻影に愛を呟きそのまま意識を手放した。
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