矢口冬彦の13

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なんの問題もない、暗くて人のいなくなった数々の部屋の映像を見つめながら就業時間を二人で過ごす。 眠気覚ましのエナジードリンクとブラックコーヒーはこの仕事には必要不可欠で、お陰様でカフェイン中毒一歩手前だ。 白い湯気の立つマグカップに口をつけ、ズズズと蕎麦を啜るような音をたててブラックコーヒーを飲む小堺さんの両目の下には、黒いクマが滲んでいた。 「寝不足ですか?」 だらんと垂れた目玉に少し窪んだ頬。それに付け加えたクマが妖怪を彷彿とさせ、思わず案じる。 元々顔色が悪い人だが、最近より悪く見える。 ゴクリとブラックコーヒーを喉に流し込み、口角を少し上げる小堺さん。 その表情には疲れが見えた。 「やっぱりクマ凄い?最近寝れなくて」 「原因は?」 不眠の原因を聞かれた小堺さんは頭を掻き、スマホ画面を見せてきた。 何だろうと不思議に思いながら画面に目をやると、細々と並ぶ文字が画面いっぱいに蠢いていた。 細かく小さな文字の中に太く大きな黒文字が目を引き読んでみると、"春を売る若者達。ホストの闇"と言うネットニュースの見出しが書かれていた。 物騒で胸糞悪そうなこの記事に眉を顰める。 そんな顔をした俺に小堺さんは言った。 「バカ息子が未成年淫行及び売春斡旋で最近捕まっちまったんだよ」 ハハ。と、木の葉が風に散って行くような乾いた笑い声をあげた小堺さん。 けど、目は真っ暗だった。 質問したのは俺だが、掛ける言葉を見つけられず黙り込むしかなかった。 気の毒だなと思ったが、所詮は他人事だからショックはない。 ただ、大変そうだなとは思う。 「別れた女房が息子引き取ったんだけどよ、ろくに世話してなかったらしくてなぁ。毎月支払ってた養育費はパチンコで溶かしてたらしい。息子は育児放棄されて結果これ。あんまりにも気の毒で自分が不甲斐なくてよぉ…」 視線の先はモニターなのだが、小堺さんの目は何も映していなかった。目は開いているけど何も見えていない目で溜息をつく。 関係の浅い俺にこんなデリケートな話しをどうしてするのか分からなかった。 いくら聞かれたからと言って深く話しすぎじゃないか? 「それは、お気の毒です」 絞り出せた慰めの言葉は、あまりにもテンプレだった。
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