矢口冬彦の13

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テンプレの慰めに小堺さんの目の暗さが変わる事はなかった。深い深い井戸の底みたいな目に恐怖を覚える。 ズンと、重い空気が漂い、小堺さんがブラックコーヒーを啜る音がやけにうるさく響く。 地雷を踏んだと気づいた時にはもう遅かった。 違う話題を振りたかったが、この状況で上手く切り出せる勇気も自信もない。 そんなじとりとした空気を切ったのは、小堺さんの笑い声だった。 クックと鼻を鳴らし、悪戯な笑みを浮かべる小堺さん。 その顔を見て笑う意味を察した俺は前髪を掻き上げ、鼻から息を勢いよく吐いた。 「冗談にしては悪趣味っすよ」 小堺さんの嘘を見破った俺は片眉を上げながら彼を見た。 くたびれた顔でニヤニヤ笑う小堺さんは「ごめんごめん」と軽く謝罪を2回繰り返した。 「実はさ、役者やってる幼馴染みから舞台出てくれって頼まれて来月舞台デビューするのよ俺。柏にあるちっさい劇場でやるんだけどさ、未成年淫行と売春斡旋した罪で捕まった息子の父親役なんだよ。どう?俺の思い詰めた表情上手かった?」 満更でもなさそうな笑みで自分の演技の評価を求める小堺さんに、俺は親指だけを立てて見せた。 少しだけ襲ってきた睡魔に目頭を抑えエナジードリンクを飲めばカフェインが体に回って、気休め程度の刺激がきた。 「てか、演技とかするんすね小堺さん。劇団員とかだったんですか?」 いつも気怠そうで競馬に夢中の冴えない中年男性と言うイメージが強いから、まさか舞台や演技に興味があるとは微塵も予想できなかったから正直驚いている。 もっと冷めた人だと思っていたから。勝手に。 俺にそう聞かれたら小堺さんはちょっと照れくさそうに鼻を啜りながら頷いた。 「大学時代は演劇部に所属してたんだ。若い頃は役者を志していたんだけどねぇ」 これまた意外な回答にちょっと、ほんのちょっと興味を持った。
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