矢口冬彦の13

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缶の飲み口を指でなぞりながら小堺さんに「そういうの興味ない人だと思ってました」と伝えると、フフっと軽く笑った。 鼻から抜けた笑い声に名残惜しさを感じた。 「俺だって昔はこんなにくたびれちゃなかったよ。顔だってイケメンの部類だったしな。ほれ、よく見るとまだイケメンの名残りあるべ?」 少し訛った茨城弁で自画自賛をし、こちらを澄ました顔で見つめてきた小堺さん。 ほうれい線に白髪混じりの黒髪と窪んだ目の下のクマが中年臭さを引き立たせてはいるが、確かにいい男の名残りがあった。 小堺さんは背も鼻も高いし目は奥二重だけど大きく、なるほどよく見ればいい男に見えなくもなかった。 悔しいけど俺は頷いた。 否定さられると思っていたのか、素直に認めた俺に対して「いやそこはツッコんで」と、ちょっと恥ずかしそうにしていた。 「俺さぁ地元じゃ一番イケメンだったんだよ?女にもモテたしよぉ。けど所詮田舎町で一番いい男ってだけだったんだよな。井戸の中の蛙っつーのかな?狭い世界しか知らない俺は自分が無敵だって思ってたんだよ。」 何の変化もない、暗視カメラに映し出される空っぽな部屋の映像を見つめながら苦笑いを浮かべた小堺さん。 ほうれい線のシワが深くなり、その分疲労が滲んでいる。 「弱小事務所に入れたものの、受けるオーディションは全滅。歳ばっかり取ってその内嫌になって辞めたんだよねぇ。現実叩きつけられて有り余る程あった自信は見るも無惨に砕け散った。その結果がこれ」 画面からこちらに振り向き、ジャジャーンと言う効果音を自分の口から出しながら自虐を披露した小堺さんを苦笑いしながら見つめた。 苦い昔話に口の中が渋くなる。
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