矢口冬彦の13

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「…という訳で、今週の土曜日だから」 「はい?」 「場所は柏ね。駅まで来てくれれば迎え行くしチケットは俺の奢りで」 唐突な誘い、と言うか強制的な話しに置いてけぼりを食らいパチパチと瞬きをしながら内容を整理する。 何度かシフトが被り、それなりに会話はするが仲が良いわけでもない俺を誘うか?どういうつもり? 驚いて狼狽える俺の隣に、椅子についたローラーを軽快に滑らせて並んだ小堺さんは楽しそうに笑っていた。 「矢口くーん!」 柏駅、午後6時と少し過ぎ。 薄手のカーディガンが丁度いいぬるい風が肌を撫でたと同時に元気に俺を呼ぶ小堺さんの声に顔を上げる。 四十半ばとは思えないほど眩しい笑顔をこちらに向けて走って来た彼に、仕事中に見せているあのくたびれた中年臭さは少しも感じなくて驚いた。 まるで青春を謳歌する学生のような小堺さんの表情にこちらまで釣られて頬が緩みそうになる。
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