矢口冬彦の13

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杉山透。名前の通り透き通った目をした彼はデビューして間も無くスター街道を駆け上がり、数々の映画やドラマの主演を務めた。 街を歩けば彼のポスターを目にし、テレビをつければ彼が映っていた。 ただ、有名になればなるほど彼の噂は広がった。 「しかし、本当残念よねぇ」 彼には聞かれぬよう配慮しているつもりなのか、女性が声を潜める。 そんなに小さな声で会話するくらいなら黙っていればいいのに。 「あの人ホモだよね確か」 ズクンと、心臓が痛んだ。 重く鈍く鉛が落ちてきたような衝撃に固唾を飲み込む。 杉山透。彼は人気絶頂の最中芸能界を引退した。 引退理由は普通に戻りたい。そう言ったものだった。 俺もその噂は知っていた。 だから尚更辛かった。 何が平等だ。何が表現の自由だ。 「顔がいいのに勿体ない」 後ろから小さな声で鋭い言葉の槍を間接的に浴びて頭痛がした。 もう本当に帰りたかった。 「すみません」 俯く俺のつむじについさっき聞いたばかりの低い声が降りかかる。 誰だがわかっていた。 分かった上でゆっくりと顔を上げると、彼が笑いかけていた。
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