矢口冬彦の14

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矢口冬彦の14

その人からは、霞と同じタバコの香りがして嫌だった。 「いつ頃からですかね。喫煙者の肩身が狭くなったのは」 目の前で赤ワインを揺らしながら彼が苦笑いを浮かべてそう言う。 ボーっと空(くう)を見つめていた俺はすぐに返事ができず、失礼な事に「え?」と聞き返してしまった。 14mgの煙の向こうで彼がもう一度同じ話題を振ってくれた。 親切で優しい振る舞いの彼に好感を抱いてはいるが、薄い壁を貼る自分がいた。 口角が猫みたいに少し上がり物腰の柔らかな彼を見るたびに思い出してしまうからだ。 発せられる声色はまるで、 「そろそろ禁煙しなきゃマズいですかねぇ」 春風のようで嫌だ。
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