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「若、今日も稽古をなさって………熱心ですね」
「……早く力をつけて、父さんの力になりたいから」
そう言うと、桜庭 守人は目を細くした。
当時19歳で、俺の面倒をよく見てくれていた。
6歳の俺は、同じ年頃の子供と比べれば少し大人びていた、らしい。
「そんなに焦らなくても」
「早く、早く一人前になったら、父さんに褒められるかもしれないから」
「大丈夫、あなたの頑張りはお父上もよくご存知ですよ」
その頃、父さんは1ヶ月に1回会う程度になっていた。
家に来ても、またすぐにどこかに行ってしまう。
当時の俺は、子供心に寂しさを感じていたのだろう。
早く一人前になって、父さんに認めてほしいと思うようになっていた。
「若、そろそろ休憩になさいませんか?」
紫陽花さんがクッキーを焼いて持ってくる。
守人と紫陽花さんは、互いに「ご苦労様です」と会釈をしていた。
「ありがとう」
そう言って、チョコチップ入りのクッキーを1つ手に取って食べる。
ほろほろとしたクッキーで、バターの香りが鼻に抜ける。
紫陽花さんはもともとパティシエを目指していたのだそうだ。
「若は本当に、紫陽花さんのクッキーがお好きですね」
守人はときどき、今みたいに妹や弟を見守る兄のような顔をする。
「桜庭さんもいかがですか?」
紫陽花さんが守人に声をかけると、守人は少し残念そうに断った。
「ぜひ、と言いたいところですが、やや虫歯が痛みますので」
そうですか、と言って、紫陽花さんはお茶を淹れ直しに下がる。
こうした、実家から離れた暮らしは、実家よりも安心できる日々であった。
そして、その実家が、まさか悲劇を生む原因になるとは、この時の俺は想像もしていなかった。
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