スズカ

3/5
前へ
/5ページ
次へ
 スズカが心配そうに見つめる。僕は慌てて目を擦って見せた。 「ちょっとゴミが入ってね。ああ、痛い痛い」 「大丈夫?」 「うん、もう取れた。ほら、もう泣いてないだろ」 「良かったぁ、スズ心配しちゃったよぉ」 「ごめん、ごめん」  スズカの頭を撫でようと手を伸ばした瞬間、轟音が響いた。あまりの音の大きさに鼓膜が痺れて耳鳴りがした。家が、空気が振動し、棚の上の花瓶が床で無惨に砕け散った。 「な、なに?」  スズカが怯えた目を向ける。僕は「大丈夫、心配ないよ」と、努めて穏やかに言い、窓へ向かった。  窓の外で火柱がごうごうと上がっている。熱気で顔の肌が焼かれそうだ。建物群が瓦礫の山と化し、右往左往する住民達の阿鼻叫喚が木霊する。ついにこの辺りにも戦闘機が飛んできたようだ。僕は何事も無かった様に窓を閉めた。 「お外、騒がしいね」 「ああ、馬鹿な若者達が騒いでいるんだ」 「そうなの……、怖いね」  彼女の肉の削げ落ちた細い身体を抱き締める。 「大丈夫、大丈夫だよ」  近くで大きな爆発音が響いた。テレビ画面にノイズが走る。平和だった頃の番組の録画が、消えた。  政府の連中が突如おっ始めた戦争は、全ての日常を破壊し奪い去った。向こうがああ言った、こう言っただの、くだらない理由だった。長年連れ添ったスズカの優しい心は、バラバラに損壊した遺体の前に壊れてしまった。精神が現実を離れ、少女に戻り全てを忘れた。僕のこと以外――。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加