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父乳
布団を被る。その拍子に、薄手のセーターが捲れ上がった。それを直そうとした瞬間。
手が濡れた。
「え?」
確かに、乳首と掠れる瞬間に濡れた。何事かと思い胸を見やると、白濁した半透明の液が滴っていた。
「……うわぁぁあ!?!?」
勢い余ってベッドから落っこちる。どういうことだ?なぜ母乳が?妊娠?……女じゃないのに?
本当に母乳なのか確かめるため、俺は乳輪周辺を搾るように揉んでみた。ジワリと半透明の水滴が大きくなる。
「うぎゃあああ!!!!お、お、おっぱいが出たぁぁぁああああああ!!!」
でもこれは本当に母乳なのか?母乳って、もっと真っ白でドロッとしてるんじゃないの……?とりあえず俺は、友人に連絡をした。
「母乳出たんだけど。」
「何言ってんだお前。」
そりゃそうだ。女でもなければ母でもないのに、乳汁が出るなんて。俺ですら信じられない。
「お前……前に言ってた、幻覚が見えにくくなる薬。飲み忘れたんじゃないの?」
「飲んでるし。」
俺は、乳首に母乳が滴っている写真を送る。ついでに、搾って液が出た瞬間を収めた動画も送りつけた。
「マジ?CGじゃないよな?見た目マジの母乳じゃん。久しぶりに見たわ。え、マジ寄りのマジ?」
「純正のマジだよ。」
「病院行った?薬の副作用か調べた?」
「焦ってて調べてなかった。調べてくる。てかこれ何科だよ。」
そう送ってすぐに検索アプリを開いて、薬の名前と母乳が出る症状を検索バーに入れた。心当たりのある薬は一つしかない。つい最近処方された、うつの薬だ。
「……完ッ全にコレだ。」
多く出てきたのは「高プロラクチン血症」。プロラクチンが増えることによって、男性でも母乳が出ることがあるんだとか。
「良かったぁ……世界初だったら治療法なんてそうそう見つからないだろうし、どうしようかと思った。」
俺はその旨を友人に伝える。原因もわかっているし、どの道すぐに通院するから病院には行かないということも。それと同時に、友人からメッセージが来た。
「母乳パッド買ったからやるよ。今から家行くわ。」
「なんだそれ?」
「きっと、勝手に出るよな?放置してたら服に染みるだろ。それを防ぐやつ。らしい。」
「らしいって。」
「だって使ってたのは嫁だし、流石にそんなに詳しくないよ。」
友人は子持ちで既婚者。そういったことにも、独身の俺よりは詳しいのだ。
「三十分くらいしたら着く。待ってろよ。」
「ありがとう。お前が友達で良かったよ。」
「嫁にどやされただけだから、気にすんな。」
「どやされたのか。」
「そ。アンタが友達として助けてやれーだの、なんだの……。昔同じ状況になって焦ってた自分と重なるんだとさ。」
「俺は妊娠してないから、同じ状況ではないけどな……。」
「元も子もねぇじゃん。」
「確かに子は宿してないな。」
「上手いこと言いやがって。」
俺はそのままスマホを置き、自分の胸を見た。……実物を見たことがある彼が言うなら、これは間違いなく本物の母乳だろう。これ……
「ちょっと飲んでみたいな……。」
母乳をやる相手もいない訳だ。垂れ流しでは少し、もったいない。俺は指の腹で一滴分を掬い、まず匂いを嗅いだ。……よくわからないな。無臭?それとも、俺の鼻が詰まってる?俺はそのまま、口をつけた。
「思ったよりしょっぺえ!!」
驚いた。母乳は甘いだけの飲み物だと思っていたが、それが間違いだった。その予想のせいで、余計に塩っぽく感じられるのだろう。続いて俺は、それを空のペットボトルに搾り出すことにした。ペットボトルの口は、赤ちゃんが口で吸う時のサイズに似ている気がするからだ。俺はペットボトルをへこませ、乳輪に吸いつかせる。それだけでは中々出てこなかったので、先程のようにその周りを揉んで搾り出した。……牛の搾乳体験を思い出した。乳牛も同じように、先端に細長い器具を取り付けられて母乳を搾り出される。
「牛さん……いつもありがとうな……。」
俺は涙を浮かべながら、天に向かってそう呟いた。牛のママ達は偉大だ。それから、赤ちゃんを育てる人間のママだって偉大だ。俺はいつしか、生命の神秘を感じ始めていた。自分から、母乳が出たのをきっかけに。
「ん?止まった。」
右乳首から滲み出ていた母乳が、どう揉んでも出なくなった。どうして急に……?というか、友人はパッドまで買ってくれたというのに、止まってしまったぞ!?どうするんだ!?俺はまたも焦って、反対から出ないかと試してみた。
出た。
「出たぁぁあ!!俺のおっぱい!!」
ジワッ、ジワッと数箇所から、小さな水滴が滲み出て、くっついて大きな一滴になり、ペットボトルの底へと落ちる。
俺はその様に、自然の雄大さを感じた。
ピーンポーン。
「はぁい。」
「よっ、来たぞ。」
「おー!いらっしゃい!!上がって上がって!!おっぱい見て!!」
「おかしくなったか?」
鍵を開けて友人を招き入れる。
「お前、服着ろよ……上裸で出迎えられる俺の気持ちにもなってみろ。」
「だって、搾乳してたんだもん……。」
「搾乳してたの?余裕すぎない?」
困り顔の友人を置いたまま、俺は走って先程のペットボトルを取りに行く。そしてまた走って、友人の元へ戻った。
「見て!!」
「わぁ、マジで搾乳してやがるコイツ!!」
「おっぱいいっぱい!!」
友人は腹を抱えて笑いだした。
「いや、お前相当困ってるだろうなとか思ってたけど、案外エンジョイしてたんだな。」
「エンジョイはしてないよ。生命の神秘に感動してたんだ。」
「何言ってんだ……?」
友人は笑いをこらえるのに必死そうだ。震える手で母乳パッドの袋を渡される。
「なんか、オムツが入ってそうな袋だね。」
「母乳用のオムツっちゃ、そうだしな。」
「言えてるね。てか、もうちょっと少なくても良かった気もするな……。」
なんとそれは百枚入り。二枚一セットだから、五十回使えるようだ。
「これでも一番枚数が少なかったやつだよ。やっぱり、本来使う妊婦さんは長期的に使うからじゃないかな。」
「天才か。」
「あ、なんか嫁がさ。母乳パッドはこまめに変えろってすげー言ってた。雑菌がわくんだとさ。」
「こまめって、どんくらい?」
「知らん。袋にでも書いてるんじゃね?」
俺は言われた通りに母乳パッドの袋を見る。書いてあった。
「授乳ごとに交換しましょう……ッ……。」
「んっ……んふっふふふふ……!!!」
俺と友人は、笑いを堪えきれずに爆笑した。
「授乳しねぇし!!」
「ホントだよ……っくくくッ……。」
「赤ちゃんとママの為に、こまめな交換が大切とも書いてあるよ。俺、赤ちゃんいないしママでもないのに……っふふふ……。」
「ッぶはははははは!!!こりゃ傑作!!」
机をバンバン叩きながら二人で笑った。俺達はその後、俺の母乳を一緒に飲むなどのバカをやって、解散した。水っぽいその白濁液は、程よく甘いのにスッキリしていて美味しい。俺達は叫んだ。
「「父乳、最高ォオッッ!!」」
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