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終演後
「藍が急にアンコール煽るから焦ったわ」
バックステージで尚人が言った。
私はそしらぬ顔で肩を竦める。
「これから尚人はどうするの? 音楽、続けるの?」
「いや。グリーンワルツの解散と一緒に、俺も引退する。今度就活のコツ教えてくれないか」
「そんなの梨沙に聞きなよー」
尚人は申し訳なさそうに笑った。
梨沙の表情は見えなかった。
ライブハウス沿いの薄暗い路地から、梨沙と尚人は繁華街の明かりのほうへと歩いていく。二人の足取りはまだ重く、翔の死は暫く纏わりついて離れないだろう。
彼らはメッセージに気付いただろうか。わからない。それでも、復讐心なんてショウには似合わない。シティポップは東京のように寛容で、洒落ていて、軽薄で、幻のように夢見心地でなければ。
私はチケットの半券をサークル仲間との集合写真が入ったパスケースに大事に仕舞い、繁華街とは逆方向へと歩き出す。
「もー! 藍のせいで、俺が立てたせっかくの計画が台無し。何だよ、〈うわきものう〉って……全然メッセージになってねえ……」
「だって厭じゃん。ショウにとって最後のセトリなのにさ」
「ま、最後まで出来損なうのも俺らしくていっか」
「完璧人間だったら親友の出番がなくて寂しいよ」
「それフォローしてる?」
「してる、してる」
「はは。……いつもありがとな、藍。気をつけて帰れよ。モノレール迷うなよー」
「いやモノレール乗らないって――」
――と自然に会話をしていたことに驚いて振り返ったが、小路にはすでに誰もいない。私は虚空に向かって苦笑する。
ねえ、翔。
向こうでも楽しく歌っていてよ。
私がそっちに行ったらまた沢山話そう、今度こそ一緒にライブやろう。夢を見ようよ。天国を案内してよ。いつまでも親友じゃないか。馬鹿騒ぎしようよ。
私はイヤホンを耳に差した。
♪ シュワシュワ瞬く、Eastern Pop
キラキラ過ぎてく、Western Soda
まるで短い短い人生のようにね
終わってもまだ粒が残るのさ
That's just like lemon squash.
了
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