四曲目

1/1
前へ
/9ページ
次へ

四曲目

 四曲目のギターが掻き鳴らされた時、ファンの反応は真っ二つに割れた。落胆する声と、熱狂する声。 〈モノレール改札南口〉はグリーンワルツらしからぬロックな曲で、「好きな人は一番好き」か「一番苦手」という極端な曲なのだ。二連続でのイレギュラーな選曲に、私ですらも少し戸惑う。  ……お得意のシティポップはどこへ行った? ♪ 俺は今どこにいる!?   南口って何だモノレールじゃねえのか   JRかよここは モノレールはどこだ   俺はモノレール改札に行きてえんだ   JRじゃねえJRじゃねえ   スーツケースが重い クソ   こんなことならバス使えばよかった   バス最高! バス最高! バス最高!  グリーンワルツが観客にヘドバンを煽るのは、この曲くらいだ。  翔が地方の小さな町から上京したばかりの頃。里帰りのために羽田空港へ向かう道中、浜松町駅での乗り換えで迷子になったエピソードから作ったと聞く。  少年のような笑顔と声が魅力的だった彼は、中身も子供っぽくて、好き嫌いが多かったり、熱中すると他に何も出来なくなったり、言いたいことを言えずに一人で拗ねたり、方向音痴だったりした。 ♪ 俺は今どこにいる!?   北口って何だモノレールじゃねえのか   地下鉄(メトロ)かよここは モノレールはどこだ   俺はモノレール改札から乗りてえんだ   地下鉄じゃねえ地下鉄じゃねえ   エスカレーターが多い クソ   俺は今どこにいる!?  昨年モノレールとJRの乗り換え改札が改修され、とてもわかりやすくなって、「もう迷わないよ」って教えたけれど、グリーンワルツが売れ始めて忙しくなった彼にはすでに地元に帰る余裕など無かった。治療をしながらのバンド活動は多忙を極め、翔は結局、モノレールに乗ることはないままだった。 ♪ 竹芝って何だモノレールじゃねえのか   渡船(フェリー)かよここは ていうか駅はどこだ   もうこのまま旅に出ちまってもいいかな   渡船に乗ろう渡船に乗ろう   乗船時間が長いのはクソ   こんなことならとっとと船乗れば良かった   海最高! 海最高! 海最高!   って、あれ、でも、待てよ―― 『――俺は、今、どこにいる?』  すべての歓声が消え、箱は静寂で満ちる。  コメディ曲のおどけた歌詞の一節の筈なのに、まるで、ショウが幽霊になって語り掛けたかに感じられた。  たぶん、この場にいる全員が思っている。  ショウ。  君は今、どこにいるの? ♪ おい 太平洋って何だ   モノレールじゃねえのか   しっかりしてくれよ俺は   待ち合わせをしてたんだ   ここじゃねえ ここじゃねえ   帰りてえ! 帰りてえ! 帰りてえ!   帰りてえ! 帰りてえ! 帰りてえ!  誰かが、控えめに口にした。 「帰ってこーい」  それが合図だった。  ファンの叫びが、重なり、音源とのコールアンドレスポンスになる。 『帰りてえ!』 「帰ってこい!」 『帰りてえ!』 「帰ってこい!」 『帰りてえ!』 「帰ってこい!」 「帰ってこいよショウーーー!」  私は涙で声が出ない代わり、心の中で叫ぶ。  翔。ステージに。私の隣に。  帰って来てよ。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加