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五曲目
全員の嗚咽が静まるまで長らくの時間を要した。バンドメンバー達はやけに水を飲んで、ステージ後方をうろうろと歩き、楽器をチューニングした。
やはりショウの不在は誤魔化せない。
こんなライブじゃ、思い出になんて出来ない。
――だって、グリーンワルツはこれからだった。インディーズとして売れて、メジャーになってもならなくても、メンバーが一生音楽で食べていける位の人気が、これから、出る筈だった。
『最後の、曲です』
ショウの音声に、満員の800名が息を呑む。
終わって欲しくない。曲名を言わないで。言ったら終わってしまう。でも何を歌うんだろう。あの曲だろうか。もう一度聞きたい。録音でも構わない。この、何度も通ったこのライブハウスで、もう一度――
『――〈NO MORE GREEN APPLE〉』
しん、と沈黙が波打った。
バンドメンバーが互いに目線を交わすのが、最前列からはっきりと見えた。
そりゃ、ファンだからすべての曲を愛している。そう言いたい。でも、やっぱり、優劣はある。特にこの曲はバンドが不仲を極めていた頃、周囲が社会人になった焦りでバンド解散も考えていて、翔自身も「正直テキトーに作った」と零していた曲で、それを察するファン人気は最悪だ。
しかし、泣いても笑ってもラスト一曲。
この耳に、目に、心に刻むしかない。
♪……NO MORE GREEN APPLE
リンゴが落ちる
NO MORE GREEN APPLE
記憶は褪せる
NO MORE GREEN APPLE
才能も枯れる
GREEN APPLE, GREEN APPLE
夢は閉じるだろうか
愛もしぼむだろうか
教えてくれないか、GREEN APPLE
アンコールは無かった。
とぼとぼと解散し始めるファンの波の最後尾で、梨沙が呟く。
「終わっちゃったねぇ」
――ショウのライブが? グリーンワルツが? 翔の命が? それとも。
「そうだね」
わからなかったけれど、私は頷いた。
地方出身であることを隠さず歌う彼の都会的なメロディは、出自問わず寄る辺ない私達の心を打ったのだ。
「最後で、最高のライブだった。うん。私――翔のことも、ショウの音楽も、一生好きでいると思うな」
そう満足そうに笑う彼女を見て私はそれきり何も言えなくなった。
もうすぐ夏が終わって、どうせ秋は殆どなくて、あっという間に冬が来る。
緑色の季節は終わる。
そして巡る。
彼がいなくても、巡る。
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