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アンコール
「あーあ。もっと演るかと思った」
「音源の都合じゃん?」
「てか曲目も変じゃない? 何であの五曲?」
ファンの喋り声に背筋がひやりとした。それが梨沙の耳に入らぬことを祈る。
せっかくのメモリアルライブにも関わらずアンバランスなセトリの違和感に、グリーンワルツファンが気付かない筈がない。もっと彼ららしくお洒落な曲は山程あるのに。
メンバーから聞いたところ、この妙な選曲は翔の遺言なのだそうだ。サークル仲間である私達との、主に梨沙との思い出の曲だろう、と。
グリーンワルツの初期メンバーは、私と梨沙、翔、キーボードの基、ベースの尚人。
後から望月と晶が加入し暫くして梨沙は親の介護で、私は経済的事情から脱退することになった。
私達は全員、大学時代にバンドサークルで知り合った同級生だ。
真剣に音楽をやって、適度に不真面目だったあの頃。
サークルの待ち合わせ場所は新宿のドトール。西武新宿駅のホームで飲み過ぎた梨沙が座り込むのはお決まりだった。そういう、どこにでもいるだらしない大学生。
彼が彼女に惹かれてゆくのを察して、傍で見守ってきた。君の恋を、ずっと、ずっと、応援してきた。
*
「私、気付いちゃったんだけどー、翔、梨沙のこと好きでしょ」
「えっ、あ、」
「誤魔化すの下手だな。親友なんだから相談して欲しかったよ」
「隠してた訳じゃないけど。ただタイミングがさ……。ていうか、藍には俺から言おうと思ってたのに」
私はレモンスカッシュを飲み干し、「バレバレなんだよ~」と彼の肩を揺らした。
バンド活動のせいで常に金欠だから、安いチェーン店は私達の味方だった。
スタジオに向かう時、乗り換えのために秋津駅から新秋津駅まで歩くのがダルいから駅前のマックでまず休憩。曲作りのために深夜まで粘るのは大抵池袋のガストで、他大のバンド仲間と打ち合わせる時なぜか定期的に行くのは江古田のミスドだった。
「梨沙、就職で地元に帰るんだから、言わなきゃ!」
「わかってるけど~……俺ミュージシャンってかフリーターだし~……」
「当たって砕けろ!」
「砕ける前提で応援するのやめてくれる!?」
「あはは。冗談。でも、親友には後悔して欲しくないからさ」
「親友、ってクサいこと言うなー。藍の作る歌っていつもクサかったもんなー」
「はあ!? そんなこと思ってたの? 許さん……」
「いや、俺は恥ずかしくて回りくどい歌詞しか書けないから羨ましいっていうか」
「お互い無い物ねだりだね。今日は私を見習って、きっちり想いを伝えて来なさい」
「うん。……藍。俺らさ、お互い結婚してもジジババになっても、ずっと親友でいような」
「当たり前じゃん!」
*
春にサークルの皆で川越の小江戸に出掛けた日。翔が梨沙に告白するのを、私達まるで中学生みたいに陰から見守った。
間もなくして〈ワルツ〉がヒットし、グリーンワルツは軌道に乗った。会社帰りに彼らのライブに行くのが楽しみだった。たまに梨沙が帰って来たら、皆で朝まで騒いで遊んだ。
すべてが煌めいていた。
洗練されたシティポップさとは程遠い生活。
眩い、青春の思い出たち。
君は特別な男の子、いちばんの親友。
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