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開演前
2019年夏。
インディーズバンド・グリーンワルツのボーカル、ショウが亡くなった。
享年二十八才。
早すぎる死。
〈ショウメモリアルライブ――Flying Away〉
チケットをライブハウスのスタッフに提示して入場する。スタンディングで800名入る小さな箱は満員御礼。その最前線を陣取る私の隣では、学生時代からの友人でグリーンワルツのファン仲間でもある梨沙が、泣き腫らした目で開演を待っている。
「もうすぐ始まるね。緊張するねぇ、藍」
「なんで梨沙が緊張すんの」
軽く笑い飛ばしたら、梨沙は目を潤ませて「だってぇ」と唇を噛んだ。
気持ちは痛い程わかる。
ショウが余命宣告を受けたことはファンに周知され、メンバーとファンは共にこの一年間を全力で駆け抜けた。ショウが歌えなくなるギリギリまで。
ラストライブから約三ヶ月――今日のライブは彼の死後初めてのライブであり、グリーンワルツにとって、今度こそ、最後のライブでもある。
演奏するのは、残されたバンドメンバー達。
歌うのは、デモテープ音源のショウ。
メンバーが楽器のチューニングを始めた。ギターのモッチ、ドラムのアキ、キーボード兼シンセのハジメ。
いつもクールなベースのナオが梨沙以上に目を真っ赤にしているのに気付いて、目頭が熱くなる。
ライブが始まる直前特有の張り詰めた空気に、普段は入らないノイズが混じった。
――プツ。
『こんばんは~! グリーンワルツでーす!』
客席が一斉に「ショウだ」「ショウの声だ」とざわめく。
ボリュームの調整ミスで響き渡った大音量。そのハウリングは、私の心臓を揺さぶった。
『ではお聞きください。〈麗しのレモンスカッシュ〉』
――ああ、最初はこの歌なんだね。翔。
私がグリーンワルツで一番大好きな曲。そう言ったら、翔は目尻に皺を寄せて笑ったっけ。
「藍、この曲が一番好きなん? 俺も好き!」
翔。
私の推しで、友達で、特別な男の子。
彗星のように私の人生に飛び込んで来ては古いネオン電球のように消えてしまった。君の灯した明かりは、まるでシティポップのメロディみたいに、瞼の裏に焼き付いてまだ光って見える。それがただの残像だとしても。
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