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アイスはちらりと、紙袋へ目をやる。
入っていたのは、ワインレッドのあのワンピース。クリストファーが、コーヒーのしみをどうにかしてくれるというので、預けてあったものだった。それが昨日、すっかりきれいになって戻ってきた。
アイスが礼を言うと、クリストファーは暗にノアールに頼まれたからだと告げた。確かに、あの日、クリストファーはアイスの怪我の見舞いだとやって来たのに。それがいつしか、ワンピースの話題になり、流れるように預けていた。ただ、こちらもノアールからは何もない。
(まぁ、ノアールだから)
結局は、そこに行きつく。
「さて、と」
アイスはベッドから、立ち上がった。ノアールも、そろそろ家を出る時間だろう。タイムリミットだ。
偽者の婚約者生活は、これで終わり。
そこでふと、気がついた。
誰もが、嘘をついていた。
誰もが、何かを隠していた。
アイスも、ノアールも、クリストファーたちも。そして、ガーネットも。
もしかしたら、あのお嬢様、シャーロットだけが正直だったのしれない。そう思うと、ちょっと笑えた。今も許せないけど。
「帰りますか」
最後にぐるっと見回して、アイスは部屋を出る。
リビングに入ると、ノアールが押さえ込むように、子犬くらいのソルトを抱えていた。日々、魔法は上達していくのに、どういう訳か、使い魔だけは、白いモフモフから進化しない。
「また、ケンカしてるの?」
アイスは、ちょっとあきれた。
使い魔は、魔法使いの分身とも言える存在。本来は主に従順だ。それなのに、彼らときたら。懐いていないペットと、その飼い主のようだ。
今も、ソルトがノアールの腕にかみついて、脱出してきた。アイスは、足にすり寄るソルトをなでてやる。
それにノアールが苦笑いを浮かべながら、やって来た。
「忘れもんだ」
そう言って、ネックレス状のアルキオネの書を差し出す。
「これは、ノアールが持ってた方がいいと思う」
アイスは、その手を押し返した。
「俺が持ってたって、何の役にも立たねぇが」
「そんなことないよ。ガーネットの時も、あれ、ほとんどノアールのおかげじゃない。悔しいことに、今のノアールは私よりもずっと強いんだから」
「あれは、あれだ」
「あれ?」
「魔法は、誰かを助けるために使え。お前が置いていった極意とやらに、そう書いてあったじゃねぇか」
その言葉にアイスは思わず、声を立てて笑った。
「それはね、元々、セブン・シスターズの教え。ほら、おとぎ話にもあるでしょ。困った人がいたら助け、悪い魔女には立ち向かったって。まさに、その通りじゃない。ノアールは、立派なアルキオネの末裔だよ。だから、役に立たないことはない」
「お前こそ、末裔になりたかったんだろ?」
言われて、アイスは「そうだね」と、苦笑する。
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