家族になって最後の日

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 命の終わりが近づいているのが分かった。  新しく宿った命。少しずつ成長していくかたち。  あの日、小さな鼓動が見えた。機械の中にうつされた白く小さな塊がたしかに、微かに動いている。なのに、非情にもその喜びは瞬時にして不安へと変わった。  変化しようとする体。それとは逆に、元に戻そうとするかのように少しずつ流れ出す生命。  半ば諦めていた気持ちは、それでも一生懸命動く命を目の当たりにするたび、「大丈夫だ」と言い聞かせた。  隣で眠る、小さな娘の手を握る。  「きた、きた」と、拙い口調でそう言った娘。まだはっきりと話せない彼女の言いたいことが、私にはあの時だけすぐに分かった。  大丈夫。きっと、大丈夫。  今日までの日々を振り返る。根付いた命を思い浮かべる。動く心臓は生きていると私に訴えていた。  奇跡を信じてみた。言い聞かせた。  けれど、その日は間違いなく近づいていた。  不意に目がさめた。午前2時過ぎ。  隣の布団で眠っていた娘は、いつのまにか私の布団の方にまで侵入していた。はだけた毛布をかけなおし、はっとした。  昨日までとは違う感覚が体中をめぐる。  起き上がり、何か確信めいたものを感じた。  もしも、そのときがくるなら激しい痛みが襲うと言われていたけれど、痛みなどまったくなかった。  命が流れ落ちていく。  生々しい感覚に、しかし体は痛みも苦しみもない。  それまで不安だった日と比べると、不思議と気持ちは落ち着いていて、とうとう終わりをむかえようとしている命に向き合っていた。  育つはずのない命だと分かっていて、どうして頑張っていたのだろう。考えて、ああ、そうかと思いたった。  ただ一緒にいたかったのか。終わりが来ると分かっていながら、それでも少しだけ長く同じ日々を過ごしたかったのか。  家族でいたかったのか。  物音一つしない外。午前2時過ぎ。隣で小さな寝息が聞こえる。  家族でいられた最後の日。  私は声を押し殺し泣いた。  体から離れていく命を感じながら、最後にありがとうとだけ呟いた。        
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