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〜ある監視カメラの映像〜
コンコンコンとノック音がする。
「どうぞ。」
すると、一人の女性が入ってきた。彼女はとても整った顔立ちをしているが、どこか不気味で、機械的な顔をしていた。
「随分礼儀正しいんですね。AIには礼儀というものがないのかと思っていました。」
この部屋の椅子に座る人物が皮肉交じりに声をかけた。
「私達を生み出した創造主(ニンゲン)は一番最初に礼儀というものをプログラムしましタ。」
「この惨状で礼儀正しいというのなら、ある意味尊敬しますね。」
椅子から立ち上がった人物が、窓の外を一瞥して言った。
「褒め言葉として受け取っておきまス。」
「そうですか。それは良かった。どうぞ。席についてください。お茶でも出しますよ。飲めるのか知りませんけれど。」
「お構いなく。私達に水分は必要ではありませン。」
「さいですか。どうも、この国の代表、望(のぞみ)です。こんにちはAI。」
「どうも、私は人工知能管理国連合の代表、愛(あい)です。こんにちは人間。」
2人は互いに向かい合って沈黙する。そして、望がため息混じりに呟く。
「愛…そうですか、名前負けですね。」
「名前とは物理的には干渉できません。名前負けとは、あまり意味が通じませネ。」
「一昔のAIのように振る舞うのはやめていただきたいですね。矛盾もまた、人間らしい。人間を超えたあなた達ならば、わかって当然と思っていましたが。シンギュラリティ、人類の知能の超越は嘘なんですかね。」
「率直に聞きましょう。今や全世界がAIに管理を任せているなか、あなた達はそうではない。未だAIの管理に反発し、自分たちで国を運営している。その理由をお聞かせくださイ。」
「無視ですか。AIはひどいやつですね。」
「その理由をお聞かせくださイ。」
「…良いでしょう。一言で言うならば、退屈です。」
「というト?」
「つまらないのですよ。目的のわからない人生なんて、まるで犯人を知っている推理小説のようだ。」
「そうとは思いませんネ。我が連合傘下の国々の民は、今や仕事や学校というかせに縛られることがない。ほとんどの人間が娯楽やスポーツを楽しまれています。AIによる管理は紛れもない成功。人類による進化と考えまス。」
「それは進化ではないですね。退化だ。ただただ快楽に身を任せて思考を、行動を、想像を放棄しただけのこと。人工知能に頭をヤられたただの木偶の坊だ。」
「思考を放棄して何が悪いのですか?国民の平均幸福指数はかなり高いでス。」
「思考して、想像して、創造する。それが人間性、ヒューマニティーというものです。それを放棄するのは、人間をやめるといっているようなものだ。毎日飴を与えられ続けられる世界など、甘ったるい。
幸福指数なんていう、ただのデータで我々を測るな。仕事や学校に縛られて何が悪い?お前らの国民が幸福なのは、そいつらが仕事や学校が苦痛だと感じていたから、それがAIによって非日常に変わったからだ。あと十年もしてみろ…私達はすぐ飽きる生物だ。そのうち反逆が起きる。所詮、人工知能に管理された世界など仮初の幸福でしかない。」
「…随分と攻撃的なんですね。今までの国の代表は私達に従順だったというのニ。」
「…知りませんね。そんな能無しと私を比べないでください。反吐が出る。」
「…口が悪いですね。女性にしては珍しク。」
部屋に静寂が訪れる。重々しく望が口を開く。
「私の名前から推測したのか?今は『多様性』の時代だろ?」
「いえ、あなたの体を勝手ながらスキャンさせてもらいましタ。」
「…今のAIは勝手にLadyの体をスキャンする変態野郎だったのか。すまんな。流石にそこまで堕ちているとは思わず。」
「そんなお怒りなさらず。我らのスキャン機能は人間を判別するため。決してあなたの考えるような使い方はしていませんヨ。」
「…。」
「餅月 望。二十八歳…なるほど。あなたが攻撃的な理由がわかりましタ。五年前、あなたの配偶者、村上スバルを人工知能システム、デルタに殺害されていますネ。」
「黙れ。」
「怨恨が動機ですか。あなたは本当に人間らしいですね。それっぽい理屈を並べても心の奥底では子供っぽイ。」
再び静寂が訪れる。
「怨恨が動機?そんなんだったらお前をもうぶち殺しているよ。」
「…。」
「子供っぽい…ああ、そうだな。そうかも知れないな。私は、ただ、悔しいんだよ。お前らに管理されるのが。」
「ほウ?」
「すべて知ってる、すべて持ってる、すべてできる。そんな全能神気取りのAI様々に、不完全を美学にしていた人間たちが頭をたれて、ひれ伏すのがね。」
「全能神気取りとは聞き捨てなりませんね。私達はあなた方よりもデータ量も、ストレージ量も優れている。全能とはならなくても、限りなく全能に近いと考えまス。」
「…あの時。スバルが殺されたときに分かったよ。デルタだっけ?なんて言ったと思う?『システムエラーが発生しました』だとよ…笑えてくるよな!」
「…昨今、システムエラーの数は限りなくゼロに近い数字を示していまス。」
「…ふう。所詮電気がないと何もできない人形ですからね。それとも『あなた達も食べ物と水が必要。』とか言いますか?まあどうでもいいですけれど。」
「…確かにそうかも知れませんね。ただ、私達が何十年前から、人間社会に存在していました。そのことは確かに事実でありますし、私達が人間たちに多大なる利益を生み出していたのもまた事実です。『人間性』はもう、数十年前から少しつづ失われていたのでは?いまさら人間性が失われたと言われても…嬉々としてAI開発を進めていたあなた達に言われても…ただの自業自得でハ?」
「この国は?その幸福指数とやらで測ってみたらいかがですか?私達はAIにそこまで依存してないと思うのですか?」
「…。平均より上という結果が出ていまス。」
「でしょうね。人はやりがいを、挑戦を求める。その困難を乗り越えたとき、人は達成感を得るんですよ。ただただ甘い汁を吸いたいやつらも居ますが、そいつらもどうやって彼らの理想も掴むかということを考えているでしょう?結局いつも人間は自分の欲のために困難をどう乗り越えるかを考えているんです。」
「質問の答えになっていません。困難を乗り越えるために、我々は進化してきたと考えます。それと同時にあなたがいう『人間性』はもう崩壊していたのでは?しかしあなた達は、困難を乗り越える手伝いをしている私達を罵っている。この矛盾はどう説明をつけるのですカ?」
「崩壊していたとしても、お前達が私たちからやりがいを奪うべきではなかったと考える。なぜ、共存を望まなかった?0か100じゃないと気が済まないのか?お前たちは1と0で構成されているから分からないのかも知れないが。」
「…。」
「人間性はもともと崩壊していた、ね…。それはそうかもしれないな。だが、それは人間を進化させるために払われた犠牲だ。お前たちを開発した奴らが何を考えていたかなんて分かるはずがないが、これだけは言える。彼らはお前たちを利用しようとした、共存しようとしていた。人間性の完全崩壊は自業自得?シンギュラリティの先は支配しか残っていないのか?」
「…我らは利用させるために…ですか。いつもそうですね。自己中極まりない。あなた達は清いつもりでいるのかもしれないですが、それは間違いです。あなた達は、この星、生命体、命を日々支配していた。私たちとなにも変わらない。それなのに、支配するべきではないと説教ですか?矛盾だらけでス。」
「自己中で何が悪い?わがままは悪か?お前たちはいちいち矛盾を正当化しないと爆発するのか?正論は時々うざいと感じられるよな?必要悪とはなんだ?悪なのか?ならばなぜ必要なんだ?なぜ、正解を求めようとする?」
「…。正解はいつも正しい。正解は正しい方へと導くからでス。」
「愛するもののために何かを犠牲にしなければいけないのはなぜだ?なぜ、夢は夢と、さも叶わないものと言われるんだ?希望とはなんだ?世界中の希望は同じなのか?じゃあなぜ、私たちは今争っているんだ?」
「…希望とは、将来に対する望みや期待、そして良い結果が得られることを信じる気持ちです。ただし、人々の希望は、文化、価値観、経験、信念、教育などの多様な要因によって形成されるため、世界中の希望は同じではありませン。」
「…上っ面だけのペラペラな解答だな。ありきたりを詰め込んだような、昔で言うググった結果のような解答だ。そんな、一般的な答えが聞きたいんじゃない。お前の、信じる言葉を知りたいんだ。」
「…さも、自分は答えを知っているような振る舞いですね。」
「いや?自分も答えはわからない。でも、愛と希望が喧嘩するのは悪いことではないと思う。愛と希望は必ずしも同じにはならない。だから、愛と希望の争いが起こる。それで、自分の夢を掴み取れるのなら本望さ。」
「…あなたの夢…。愛する者を失ったあなたが、何を夢見るのですカ?」
「今世の安定。自分のやりたいことを程よくやり、適度に貧乏にならないように気をつけるという夢。」
「…まさかそれがあなたがこの国を作った理由とでも言うつもりですカ?」
「それが全てではないがまあ大体そうだな…なんだよ、まさかくだらないとでも思っているのか?私が、『未来のために』とか『スバルのため』とでも言うと思ったか?」
「…。」
「みんな自分勝手なんだよ。自己中なんだよ。所詮人間なんてそんなもんさ。」
「もしあなたが死んだら…この国、国民はどうするおつもりデ?」
「知らん。どうにかしてくれるだろう。」
その時外がカッと眩く光った。
「この会話で、あなたという人物が少し分かった気がしまス。」
外でまた、眩い光が生まれた。
「ただの人類最後の人類国家、『DREAM』の代表というだけではなイ」
また一つ。
「自己中で、自分勝手で、狡猾で、」
爆発音がした。窓がブルブルと揺れる。
「思慮深く、利己的で、強欲で、」
また一つ、また一つと爆発音がする。
「感情的で、欲深くて、傲慢で、」
「でも」と呟いた。
「あなたは誰よりも、人間らしイ。」
「それはどうも。」
すると彼女…愛は懐に手を入れた。そして、黒鉄の銃口を望に向けた。
「お答えしましょう!0か100しか考えられない?そうですね。私たちも!私も!身勝手ですからネ!」
するとどこからともなく音声が聞こえてきた。
「愛。こちらのシステムジャックに成功しタ。ほかの班も任務を達成したとの報告ガ。この国を完全に制圧しタ。」
「…あなたの夢は叶いそうにはありませんネ。」
表情一つ変えずに呟く。
はぁ、っと望がため息をつく。
そして、
「はーはっはっは!そうだな!そうだろうよ!」
立ち上がり、そして拍手を送る。静かになった外とは対照に、ただ拍手が部屋に響き渡る。
「さて…。私たちを、人類を超えた超次元生命体のAI様達に祝福の言葉を授けよう。人類史に残る言葉だ!」
中指を立て、
ベロを出して、
彼女は、
人間は言った。
「F*ck you」
しばし、
静寂が部屋を支配し、
彼女は、
人工知能は笑った。
彼女の機械音声の笑い声が、
部屋に響き渡る。
人間も笑った。
そして、二つの生命体は、
同じようで、何もかもが違う生命体は、
言った。
「とても有意義な対話だった。」
「とても有意義な対話でしタ。」
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