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陸上部には人気者が二人いる。
一人はいかにも体育会系という健康的な肉体に恵まれた上に、その精悍な顔つきで女子のハートをノックアウトするコウキ。
もう一人は病弱に見えるくらい細い体に、儚い雰囲気を纏う容姿端麗なアオイ。
この二人のファンである女子達は、その正反対な好みの性質を理由に犬猿の仲であるが、当人達は陸上部内でも特に仲が良いと言われていた。実際二人とも、親友と呼ぶくらいには仲が良かった。
気が向けばお互い遊びに誘うし、食事にだって行く。興味や趣味の話だって普通にするし、年頃の男の子達がするような話題は一通りした。
ただ二人とも何故か、恋愛の話は避けていた。「好みの女子のタイプは?」なんて話はするが、「付き合うなら誰が良い?」とか「気になる女子はいるか?」とか、具体的に誰々と名前を上げるような質問は避ける傾向があった。
もしかしたら好きな女子がいるのかもしれない。そんな噂が囁かれるようになって数ヶ月。その噂はコウキとアオイ、どちらの耳にも入っていた。
「お前、好きな奴いるの?」
更衣室の中でコウキはさり気なく聞いた。いつも通り雑談をするように、何気ない話を装って聞くが、アオイはじとっとした目を向けてコウキに言った。
「いるけど、言わない。あと、そんなに緊張するなら聞くなよ」
アオイの返事にコウキは内心飛び上がるほど驚いた。付き合いが長いだけあって、隠し事は通用しないらしい。
そのくせこちらの気持ちには気付かないのだから、アオイは熟鈍感な奴だと思った。
「そりゃお前……俺の知らないところで、彼女なんか作ってたら嫌だし」
「コウキに関係ある?」
「ある。大いにある。俺だけぼっちじゃん」
唇を尖らせて文句を言うが、アオイはまともに取り合わない。制服から運動着に着替えながら、「彼女が出来たら報告するよ」と雑な返事をした。
アオイは綺麗だ。なんなら女装させても違和感は生まれないだろう。そのくらい整った容姿は性別の垣根を簡単に超えてしまう。
女子が夢中になるのは頷ける。こんな美人が彼氏だったらと思うと、女子は堪らないだろう。
だがアオイは気付いていない。知っているかもしれないが、さして重要な問題とは考えていない様子である。
アオイは男子にも人気があるのだ。「アオイがもし女の子だったら彼女にするのに」なんて台詞は、アオイが不在の時の部室であちこちから聞こえる。
それはコウキも同じ気持ちだった。ただコウキの場合は、アオイが男でも本人さえ良ければすぐにでも恋仲になりたいとは思っていた。
それを言う勇気がないから、断られた時今の関係を維持するのが難しいだろうから、コウキはその事を言わない。
このままアオイは可愛い彼女を迎えてしまうのだろうか。そう思うとコウキの心はざわざわと不満を露わに騒めく。
アオイが女の子だったら、自分は迷わず告白出来るのに。アオイの好みに自分が入るかは分からないが、それでもフラれる方より告白できない方が辛いものである。
「痛っ!!」
考え事をしていたコウキの耳に、そんなアオイの悲鳴が聞こえた。
「どうした!?」
心ここに在らず、といった様子で油断していただけに、コウキは口から心臓が出るのではないかと言うほどビックリした。
アオイは足を押さえて蹲っている。その肩が微かに震えているのを見れば、只事ではないと思ってコウキはアオイの傍に膝をついた。
利き足の脛を両手で押さえているアオイの顔は、痛みに歪んでいる。それでも整った面差しは美麗さを失わないのだから、アオイの容姿が飛び抜けているのがよく分かる。
潤んだ瞳がこちらを見た。泣きそうなのか、顔を少し赤くしたアオイはどこか艶かしく見えてしまって、コウキは思わず顔を逸らした。
「冷やすもん貰ってくる」
コウキは立ち上がると着ていたジャージの上着をぽすんとアオイに被せた。こんな状態のアオイを他のやつに見せるのが嫌だったからだ。
一刻も早く戻らなければ、と駆け出したコウキの背中を見つめて、アオイはぐすっと鼻を鳴らした。
「そういうところだよ、バカ」
好意に気付いてないのはどっちだ、と頬を膨らませたアオイは、深々とため息を吐いた。
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