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桜が嫌いだ。毎年、長い長い冬を経て春になりゆらゆらと散ってゆく桜を見るとあの人を思い出す。僕の人生を共に生き桜のように散っていったあの人を僕は今でも思い出す。あの人の笑顔が好きだった。優しい眼差しが好きだった。今日もカーテンの窓越しに桜はゆらゆらと儚げに散っている。僕は彼女の記憶を忘れないためにこの日記を書いている。彼女との約束だった彼女の記憶を忘れないために、、    僕には佐倉泉という幼なじみがいた。  彼女は病を発症して高校卒業間近にこの世を去った。そして、この春、東京の大学を卒業して地元のデザイン会社に入社した僕の上司になったのは佐倉美樹という女性だ。  泉と瓜二つのこの人と僕は仕事をすることになった。    僕の人生は時を超えて佐倉という二人の女性の間で紡がれてゆくことになる、、    「二宮くん。今日のプレゼンの準備出来てる?」  「はい。佐倉さんに言われた通りいくつかの案を作って来ました」  「ちょっと見せてくれる?」  「はい。こちらになります」  「そうね。ここはちょっと余分だからカットしていいわよ」  「あとは大体OKだから、、」  「午後からプレゼンだからよろしくね!」  「了解です!」  佐倉美樹はスーツの似合う美しい姿で陽翔にそう告げると時計を見て時間を確認すると長い黒髪をなびかせて少しだけ陽翔に笑顔を見せた。  眼鏡をかけているが泉に瓜二つの美樹は笑うと高校時代の泉を思い出させていた。    泉。君は覚えているだろうか? 僕に託した約束のことを、、    「陽翔(はると)おはよう~!!」  「泉。おはよう!」  「今日から私達も高校3年生だね!」  「そうだな。あと一年か、、」  「陽翔は行きたい大学決めてる?」  「うん。俺は明生大(めいせいだい)に行こうと思ってる」  「それじゃ、受かったら東京いっちゃうの?」  「うん。そのつもりだよ」  「陽翔は頭いいし、絵も上手いからなぁ、、」  「泉だって今から頑張れば大丈夫だよ」  「そうかなぁ、、」  「東京かぁ~行ってみたいなぁ、、」    陽翔と泉は高校に続く坂道を上りながら話していた。二人は小さい頃からずっと一緒の幼なじみだった。春の優しい日差しに道が照らされてキラキラと輝いていた。いつもより少しだけ気持ちが軽いのはきっと春の陽気のせいだけではない気がしていた。校舎に続く坂道に添って桜の木が植えられていて、花びらがゆらゆらと儚げに散っていた。  正門をくぐるとひよりが二人に手を振りながら近づいてきた。    「泉。陽翔。おはよう~!!」  「ひより~おはよう!」  泉は嬉しそうにひよりに手を振っていた。    「今日から3年生だね! またみんな一緒のクラスだね! よろしくね!」  ひよりは太陽のように朗らかでいつもニコニコしている女の子だった。  泉とは中学校からの同級生で同じクラスの泉の親友だった。    「担任の先生だれかな?」  「私。上條(かみじょう)先生がいいなぁ、、」  ひよりがニコニコしながら言った。    「仏の上條ってね! 優しいしイケメンだし、、」  「鬼の厚木になったら最悪だよねー」  泉とひよりは二人で目を合わせて笑っていた。  そうやって三人の「春」は足早に過ぎて行こうとしていた。    「陽翔~!!」  泉が学校から帰ろうとしていた陽翔の元にやって来た。    「ねぇねぇ、今度の日曜日に映画観に行かない?」  「良いよ。どんな映画?」  「話題の最新作だよ!」  泉はそう言うとアニメーション映画のチケットを二枚カバンから出した。    「陽翔と見ようと思って前売り券買ってきたんだ」  「そっか。楽しみだな」  「それじゃ、今度の日曜日の1時に桜木公園で待ち合わせね」  「OK!了解!」  「陽翔一緒に帰ろ」  二人は下駄箱から靴を出して校舎を出た。  グラウンドでは野球部がかけ声に合わせて走っていて、グラウンドの向こうの体育館ではバスケ部が練習しているのが見えた。    正門を出て高校の前の下り坂を二人で歩いた。  夕日が沈んでいて街全体が茜色に染まっていた。校舎の回りに植えられている桜から花びらが一枚また一枚と散っていた。  「陽翔。あと一年だね、、」  「来年の桜もまた陽翔と一緒にみたいな」  「見れるよ。絶対」  陽翔は力強くそう言うと泉の方を見て笑った。    翌週の日曜日がやって来た。  泉は桜木公園のベンチの前に立っていた。  公園の時計台は午後1時を過ぎていた。  そこにTシャツにカーディガンを羽織ってカラージーンズをはいた陽翔がやって来た。  「ごめん。ごめん。寝坊した」  「遅い~」  時計台の時計は1時20分を差していた。  泉は淡いピンクのブラウスに茶色のパンツ姿でカーディガンを羽織っていた。  二人でバス停に向かって歩いた。  「映画なんて久しぶりだなぁ、、」  泉が嬉しそうに呟いた。  「陽翔は映画好き?」  「好きだよ。何か非日常って感じするし、、」  二人はバス停からバスに乗って映画館のあるショッピングモールへと向かった。    日曜日のショッピングモールはカップルや家族連れで込み合っていた。  「陽翔。こっち!こっち!」  泉は嬉しそうにショッピングモールの5階にある映画館に向かった。  「陽翔。ポップコーン食べよ」  「良いよ」  泉と陽翔はキャラメルポップコーンとコーラを二つ買って映画館の席に着いた。    「何だかドキドキするね!」  「楽しみだな」  やがて予告編が終わり映画館の照明が落とされた。今まではしゃいでいた泉もやがて無言になり、映画を見るのに集中していた。  陽翔は時々、映画館の暗がりのなかで泉の横顔を見ていた。泉の瞳は輝いていて映画の明るさで写し出させれる横顔が美しかった。  
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