最後の日

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「朝のニュースの時間です。当惑星の滅亡まであと七日となりました」 「あら、懐かしいわ」  テレビを流し見しながら恭子は呟いた。  昔のドラマの再放送だ。確か地球が滅亡してから五年ほど経った頃に放映されていたから、今から十五年ほど前のことだろうか。  二十年前、地球は滅亡した。巨大隕石が衝突したのだ。  ただ、隕石の飛来の発見が早かったのとその頃には火星への移住が盛んになっていたのとで、ほぼ全人類が地球から逃げ出すことができた。  しかし、当時はそれなりにパニックだったと、恭子は幼心にも覚えている。小学一年生だった恭子が母親に手を繋がれてスペースシャトルに乗り込んだ時、父親は行方不明になってしまった。どうやら地球脱出の順番に関する暴動に巻き込まれてしまったらしい。  地球が滅びてからは、そんな当時の出来事を扱ったドラマやドキュメンタリーが盛んに放映されていた。  恭子は洗い物の手を止めてテレビに近づこうとする。 「ままー」  そこに、一歳を少し過ぎた愛娘の声が聞こえた。 「はい、はい。ちょっと待ってね」  ーー今は幸せだ。  恭子は満ち足りた気持ちで娘の顔を見た。 「朝のニュースの時間です。当惑星の滅亡まであと三日となりました」  テレビから先日のドラマの続きが流れてきた。 「ままー」 「はいはい」  恭子は娘と遊ぶ手を止めずにテレビをちらっと見やった。そしてすぐ娘に目を戻す。娘はお気に入りのおもちゃできゃっきゃっと遊んでいる。  恭子はその様子に目を細めながらも、ふっとため息をついた。  ーー娘はかわいいけれど、ちょっと疲れたわ。  生まれた時から通常より少し手のかかる子だった。娘が生まれてからは、ゆっくりテレビを見る時間も取れなかった。最近は夫が出張続きでほとんど家にいないことも手伝って、ワンオペ育児の辛さも感じ始めていた。 「ままー」  恭子ははっと我に返った。 「ごめんね。なあに?」  娘は楽しそうにうさぎのぬいぐるみをぶんぶんと振り回した。 「わあ、うさちゃんも楽しそうだねえ」  娘の笑顔だけが今の癒やしだ。恭子は目の前ににこにこ座っている娘の頭をよしよしと撫でた。 「朝のニュースの時間です。当惑星の滅亡まであと一日となりました」 「あら、そろそろ最終回ね」  恭子は洗濯物を畳む手を止めた。あのドラマの最終回はどんな感じだったろうか。 「ままー」 「え」  恭子は目を見開いた。娘が何にも掴まらずよちよちとこちらに歩いて来たから。 「わあ、すごい! よく頑張ったねえ」  恭子は温かい娘の体をぎゅっと抱き締めた。  ーーこの子がいるから外にも満足に出られないが、この子の成長を間近で見られるのならば。 「次のニュースです。木星の今日の為替相場はーー」 「夕方のニュースの時間です。惑星の滅亡まであと五分となりました」  恭子は娘の離乳食を作っていた。だいぶ大人の食べるものに近づいてきている。 「こちら、安全な宇宙ステーションから中継をお送りしています」 「ん?」  恭子はテレビに目をやる。当時、宇宙ステーションに入ることは宇宙飛行士にしか許されていなかったはず。  恭子はテレビに近づこうとした。その時。  家電が鳴った。 「はい、もしもし」  慌てて恭子は電話に出た。スマホ以外に電話がかかってくるのは久しぶりだ。 「あら、瞳。久しぶ……」 『あんた、今どこにいんの!?』  息せき切った友人の声が聞こえた。恭子は首を傾げる。 「どこって、家……」  電話の向こうで息をのむ音がした。ややあって、友人は混乱したようにしゃべりだした。 『おかしいと思ったのよ。あんたの旦那にスペースシャトルの中で会って。知らんとかいうし。別の女連れてるし』 「なに? どういうこと?」  恭子は受話器を握る手に力が入った。何か嫌なことが起きている気がする。 『なんでまだ家にいるのよ! もう火星は滅ぶっていうのに!』  恭子は背中に冷たいものが流れた。 「そ、そんなこと知らな……」 『あんだけテレビでやってたでしょ!』  友人は叫んだ。  恭子は震える指で受話器を握り締める。 「だって、子育てで忙しくて……」  電話の向こうが一瞬静まりかえった。 『……あんた。いつ子供産んだの?』 「え?」  そこで通話は遮断された。 「火星の滅亡までのカウントダウンが始まりました」  ニュースキャスターが言う。 「七、六、五」  そこでテレビも遮断された。 「ままー」  とてとてと愛娘がこちらに向かって歩いてくる。  恭子は震える唇をなんとか開いた。 「あなた……誰?」  娘の唇の端が釣り上がったように見えた。  その瞬間、世界が真っ白になる。 「ままー」    終
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