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言ってはいけない
如月の深々と冷える夜。遊び疲れた幼い娘たちは床に就いていた。おみつと小次郎は囲炉裏に手をかざし暖をとっていた。
おみつがコホコホと小さく咳をした。
「冷えるからね。大丈夫かい?」
「はい。いつものことです。」
心配する小次郎におみつは消え入りそうな笑顔で答えた。小次郎はたまらず尋ねた。
「おみつ、お前はもしかして…あの桜の化身なんでないか。だから、花や葉のつかない寒い時期は力が落ちてしまうんでないか。」
小次郎の言葉を聞いた途端、穏やかだったおみつの表情はみるみる悲しいものへと変わっていった。
「ああ…ついにこの時が来てしまいました。お別れです。」
「どういう…。」
小次郎は言葉を失った。おみつは足先から徐々に消えていっていた。
「私は正体を知られると、この姿ではいられないのです。でも、この先もずっとあなたのことを見守っています。毎年春には、うんときれいな花を咲かせますから。幸せでした。ありがとう、小次ろ…。」
言い切らないうちに、おみつは完全に小次郎の目の前から消えてしまった。信じられない小次郎は裸足のまま雪の積もる外へ飛び出しおみつの名を呼び続けたが、彼女が戻ることはなかった。
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