1話 魔法使いとの出会い

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 翌日、朝ご飯に昨日残しておいたパンの半分を食べて、いつもの襟付きのシャツを着てボサボサの髪を浮浪者には見えない程度に整えて家を出た。  昨日ダスティに食料を多めに分けてしまったため、今日の晩飯がない。  しかもダスティは家にはいないようで、ノックをしても反応がなかった。  仕方がなくロボは一人でパン屋へ向かう。  混雑する昼時を狙って中に入り、昨日と同じパンをバッグに詰めて、店員に警戒しながら店を出ようとした時、店先で腕を掴まれた。  一瞬ビクリとして振り返ると、そこには生地の良さそうなローブを身に纏い、フードを目深に被った顔の見えない不審な人物がいた。 「ちょっと君!」  背丈の高さと声質からして男と思われるそいつは、ロボの腕を掴んだまま慌てたような声で話しかけてきた。  ロボは男をジロリと睨んで「なんですか」と返答した。 「そのバッグの中に、まだお金払ってないパンが入ってる…よね?」  男は恐る恐る聞いて来た。 「そんなわけないじゃないですか。言い掛かりはやめてください」  ロボは騒ぎになる前にこの場を離れたい一心で、掴まれた腕を引っ張ったが、強く掴まれた腕はそう簡単には抜けなかった。 「ねぇ、今ならまだ間に合うから、一緒に店主さんに謝りに行こう? もし買い取ってくれって言われたら僕がお金を払うから。こんなことダメだよ」 「だから、言い掛かりはやめろって言ってんだろ」  掴まれた腕を乱暴に振りほどくと、同時に肩から少しずり落ちていたバッグを、男に盗られてしまった。  男はバッグの中を物色すると周りの目を気にしたのか、ロボにだけバッグの中身が見えるように見せてきた。 「ほら、入ってるじゃないか。ね、店主さんに謝りに行こう? ここの店主さんはいい人だから、きっと話を聞いて許してくれるよ。僕も一緒に行くから」  男の言動にいい加減イライラして来たロボは、男の手からバッグをひったくると 「うるっせんだよ! 飢えも貧困も知らねえ、お家でぬくぬく過ごしてきたような奴が、偉そうに語ってるんじゃねぇ!」  あまりにも大声で叫んでしまったために、周りにいた人間はビックリした顔で一斉にロボの方を見た。  ロボは慌てて口を噤んで、その場を去ろうとしたが、目の前に誰かが立ちふさがり、行く手を遮られた。 「お客さん、一体どうしたんですか?」  目の前には店先でいつも目を光らせている店員が立っていた。  真後ろには先程の男がいて、目の前には大柄な店員が立っている。  右に飛んで逃げようとしたが、その腕を先程の男よりも強い力で店員に捕まれ、ロボは痛みで動けなくなった。  ロボの側に先程のローブの男が近寄ってきて、店員に事情を説明していた。  それを店員はお客様に話すような丁寧な口調で聞き、ロボとローブの男を店の中へと連れて行った。  店の裏に連れてこられると、店員はバッグの中を確認し、ロボをジロリと見た。  ローブの男はロボと店員の間に立ち、ペコペコと何度も頭を下げている。  店員はローブの男に頭を下げるのを辞めるように優しく言うと、店員は一度奥に引っ込むと、店主を連れて戻って来た。 「コソ泥を捕まえて頂いたそうで、なんとお礼をすればいいのか。本当にありがとうございます。こんなことしか出来ませんが、本日お買い上げいただいた品は私からのサービスとさせて頂きますので、他に欲しいパンがあればそちらもお礼として差し上げますよ」  店主はニコニコと上客に向けるような笑顔でローブの男に言った。 「ありがとうございます。でも僕はそんな大層な事をしたわけではないので、ただこの子のしたことを許してくれれば、それで十分ですから」  ロボはローブの男の言葉にイラつき、舌打ちをしながら睨んだが、気付いていないようだ。 「そんなご謙遜を。近頃売り上げとパンの数が合わなくて困っていたのです。本当に助かりました。さあ、購入されたパンの代金の返金と差し上げるパンを選んで頂きたいので、場所を移動致しましょう」  別室へと誘導する店主にローブの男は、戸惑ったような動きをしながら俺を見た。 「あ、いえ、僕はお礼を頂かなくて大丈夫ですから。僕ではなくあの子にあげてください」 「ああ、はいはい、後で渡しておきますよ」  ローブの男が別室へ完全に移動した瞬間、大柄な店員はロボに近付いてきて、大きな手でロボの顔を掴んだ。  その際に皮膚の感触ではない何かを感じとったのか、ロボの顔を上げさせ、顔を上げた拍子に横の髪が後ろにズレて、髪で隠していた鱗模様の痣が露わになった。  それを店員は気持ちの悪い者を見るような目で見て、そのままロボの右頬を思い切り殴りつけた。  衝撃で後ろに倒れ込み、そのまま胸倉を掴んで何度も殴り、痛みで倒れ込んだロボの腹を足で蹴り続けた。  あまりの痛みに手で頭を覆い、蹲るような姿勢で耐えていると、ドアが開くような音が聞こえ、 「何をしているんですか!」  という声と共に誰かが側に近寄って来る気配がした。  肩を揺すられ顔を上げると、ローブの男が焦ったような声色でロボを見下ろしていた。  先程までロボを蹴っていた店員はローブの男の後ろで呆然とし、店主は慌てたような表情をしている。 「ごめん…ごめんね…、すぐに怪我を治療するから、ひとまずここを出よう?」  ローブの男がロボの身体を抱き起そうとするのを店主が止めようと声を掛けた。 「そいつはこのまま治安維持部隊に引き渡すのですから放っておいて、こちらにいらしてください。お召し物が汚れてしまいます」  ローブの男は店主の言葉を無視して、地面に膝をついた。 「すみません。この子の事はどうか見逃してあげてください。損害のあった分は僕がお支払いしますから、どうかお願いします」  そう言いながらローブの男は地面に頭を付けた。  ローブの男は損害分だと言い、ロボが盗ったパンの料金の3倍の額を店主に渡し、「これには口止料も含まれていると思ってください」と念を押していた。  ローブの男に肩を借りて、ロボは痛む身体を引きずって店を出た。  店を出ると、ローブの男は君の家は何処かと聞いて来たので、道案内をするフリをして、人気の無い場所まで誘導し、借りていた男の肩を振り払った。  痛みで今にも膝から崩れ落ちそうなロボを心配して、再び肩を貸そうとする男の手を叩き落とした。 「……これで満足かよ」  ロボの言葉に顔は見えないが、ローブの男は頭を少し下げた。 「もう金輪際俺に関わるな」  ローブの男の横を通り過ぎようとした時、 「本当にごめんなさい。でもせめて治療だけでもさせて欲しい」  と言って伸ばしてきた手を 「触るな! お前みたいな善人ぶる奴大っ嫌いなんだよ」  と一喝して、その場を去った。 帰り道の途中で、妹と歩いていたダスティ達に会い、ダスティに肩を貸してもらった。 一体何があったんだと何度も聞かれたが、思い出したくもなかったので、ロボは適当にはぐらかした。 「ねえ、ロボお兄ちゃん、今日のご飯は大丈夫? ヴィンカたちと一緒に食べようよ」 「いや、こんな時の為の備蓄があるから、暫くは大丈夫だ。心配してくれてありがとうな」 ロボの家に着くと、布団に寝かせて、ダスティは簡単な応急処置をしてくれた。 その間まだ幼いヴィンカはロボの手を握り、 「痛かったね、もう大丈夫だからね」 とロボの手を摩っていた。 「手間をかけたな。助かった」 そう言うとダスティは歯を見せて笑った。 「いいってことよ! でもどうしてもって言うなら昨日の貸しを1つ消化してくれると助かるな」 「はは、確かにそれもアリかもしれないな」 「お、弱ってると素直でいいな~。そのぐらい素直な方がみんなに好かれやすいんだぞ。な?」 ダスティがヴィンカに問いかけるとヴィンカも「ね~」と答えた。 「暫くは身体を動かすのもしんどいだろ? 俺が数日分ぐらいの備蓄取ってきてやるから、場所教えてくれ」 「…お前に大事な食料の保管場所教えるの、なんか安心できない」 「俺の事全然信頼してないな?! 流石に友達を失うような事しないって」 「どうだかな。そこの酒樽が沢山置いてある部屋の一番奥にあるやつ、その中だ」 「りょうかーい」 ダスティは燻製肉やパン、水を幾つか持ってきて、俺の側へ置いた。 「これで身体を動かすことなくお腹が空いたらすぐにご飯を食べられるぞ。暫く安静にしろよ」 「ああ、わかった」 「じゃあ、そろそろ帰ろうかヴィンカ」 「うん」 ダスティは最後まで安静にしてろよ、としつこく言い、ヴィンカは兄に手を引かれ、歯を見せて笑い手を振りながら出て行った。 それから暫く、ロボは自宅で安静に、身体を動かさないように過ごした。 時折、向かいの家から言い争うような声と、子供の泣き声が聞こえてきていたが、たまに聞こえてくる音なので、ロボはさして気にする様子はなかった。
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