2話 魔法使いの住処

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2話 魔法使いの住処

 先程まで聞こえていた建物が崩れる音は聞こえなくなり、目の前にいた筈の下っ端の男の姿もなくなっている。  呆然と立ち尽くしていると、しゃがみ込んでいた魔法使いは突然立ち上がり、ロボの身体を押した。  気が付けばロボの足者には魔法陣のようなものが描かれている。 「すぐに道を閉じるから少し離れていて」  状況が理解出来ず言われるがまま魔法陣の上から退くと、魔法使いは魔法陣の上に立ち、よくわからない言葉を呟いた。  すると魔法陣は白く光りだし、描かれていた魔法陣の一部が消えていった。  それを確認すると魔法使いは緊張の糸が切れたのか、大きなため息をつきながらその場に座り込んだ。  疲れからか暫くお互い無言になっていると、突然扉が開くような音と、数人の足音が二人の元へと近づいて来た。  見知らぬ土地の複数人の足音に警戒をしようと身体を起こしたが、魔法使いはその足音が誰なのか知っているのか、全く警戒するような素振りがなかったので、それに釣られるようにロボも警戒を解いた。  バタバタと走って来たのは4人の子供だった。  子供たちの中で一番年上らしい背の高い青年は、魔法使いの状態とロボの姿を見ると驚き、そしてすぐに怒ったような顔で近づいて来た。 「先生! これは一体なんなんですか?! 最近妙に何処かに出掛けていくと思ったら、怪我をして帰ってくるなんて。それにこの子は一体誰なんですか?!」  魔法使いの事を先生と呼ぶ青年は、まるで母親のように文句を言いながら魔法使いを叱りつけた。  きっと魔法使いほ方が年上で、先生と呼ばれるからには立場も上である筈なのに、魔法使いは申し訳なさそうに腰を低くして何度も青年に謝っていた。  2番目に身長の高い獣人の少女は、暫く魔法使いを冷ややかな目で見た後、ロボを指さして言った。 「ねえ、また子供拾ってきたの? ほんっとお人好しだよね~」 「こらこら、人を指ささないよ」  魔法使いが子供に言い聞かせるように答える。 「パパ! お帰り~」 「パパ! あ土産は~?」  一番身長の小さいまだ幼い男女の子供が、魔法使いに抱き着いた。 「ごめんね、今日はお土産買ってないんだ」  魔法使いが申し訳なさそうに答える。 「取り敢えず手当をしましょう。話はその後みっちり聞きます」  懇々と説教をしていた青年は、諦めたようにため息ついて、魔法使いを立ち上がらせ、家の中へと誘導しようとした。 「あ、ちょっと待って。悪いけど、あの子に肩を貸してあげてくれるかな? 足を怪我してるんだ」  青年は魔法使いにそう言われると 「はあ、わかりました」  と呆れたような顔をしながら従った。  青年は俺の側まで来るとしゃがみ込んで肩を貸してくれた。  そのままロボは彼等の住んでいる家へと入っていった。  彼等の住居は二階建ての木造一軒家だった。  田舎らしい広い庭と広いベランダが付き、庭には子供の物らしい遊び道具が散乱していた。  4人で住むには些か大きめの家に見える。  青年に肩を支えられながら家に入ろうとすると、女の子供が家の扉を率先して開け、 「どうぞ~」  とロボを招いた。  外観を見て大きな家だなと思っていたが、内装は想像していたよりも広く、そして綺麗ではなかった。  家を支える柱には幾つもの傷が付き、壁には沢山の棚が並びその全てに物がぎっしり詰まっていて、入りきらず床に直置きされている物もあり、そのせいで折角広い家なのに狭く見えるのだ。  子供がこれだけいれば物が多くなるのも必然なのだろうか。  幸い部屋数は多そうなので物が増えても、今のところはあまり困っていない、と言った感じだろうか。  青年に肩を貸されたまま家に招かれたロボは、そのまま家の中央のリビングに通され、ダイニングテーブルの周りに点在している椅子に座らされた。  青年はどちらの足が痛むのかと聞き、足置き台を持ってきて怪我をした方の足を台に載せてくれた。 「すみませんが、先にあのバカの治療を済ませて来るので、少し待っていてくれますか? あれでも一応薬学に精通している奴なので、僕だけで君の治療を行うよりバカも一緒の方が確実なので。すぐに終わりますから、ゆっくりくつろいでいてください」  余程腹に据えかねているのか、先生呼びからバカ呼ばわりに変わっている事に少し恐怖を感じ、ロボは素直に返事をした。  少し離れた所に座っていた魔法使いは、青年にそのまま別室へと誘導されていった。  そして少しして、その部屋から魔法使いの悲鳴が聞こえてきた。  次は自分の番なのかと身を強張らせていると、ロボの前のテーブルにカップが置かれた。  置いた人物の方を向くと、獣人の少女だった。 「はいこれ、ハーブティー。折角入れたんだから飲んでね」  目の前に置かれたカップからは、嗅いだことのない良い匂いが漂ってくる。  カップの取っ手を丁寧に掴み、零さないようにゆっくり持ち上げてロボは飲んだ。  口の中に何かの酸味と、多少の苦みを感じる。  これが紅茶というやつなのかと、カップをまじまじと見ていると、 「どーぞ」  という声と共にまたテーブルに何かが置かれた。  カップから目を離すと、それは皿に盛られたクッキーのようだった。  運んで来たらしい女児は、既に口元をもぐもぐと動かし、男児は人見知りなのか女児の背に隠れていた。 「あ、つまみ食いしたでしょ」  獣人の少女が女児の口元を見て指摘する。 「ち、違うもん。1つ落っことしちゃったから捨てるの勿体ないと思って食べただけだもん」 「ほんとに? まあ、ルイスには黙っていておいてあげるよ」  二人のやり取りを眺めていると、 「お茶菓子としてミアが持って来たんだから、食べてよね」  と獣人の少女に勧められ、疲弊していてお腹も空いていたロボは素直に皿に手を伸ばした。  真ん中に赤い宝石のように載っているジャムが酸味を運び、クッキーの甘さと丁度よく合わさっていて、とても美味しかった。  もう1つと手を伸ばした時、横の女児からの期待の眼差しに気が付き、ロボはわざとらしく演技をした。 「あ、あー。実は俺結構お腹いっぱいなんだよなー、誰か代わりに食べてくれないかなー」  ロボの言葉を聞くと、女児は嬉々として挙手し、名乗りを上げた。 「ハイ! ミア食べられるよ!」  自身の事をミアと言った女児は、ロボの隣に椅子を持ってくると、お皿を受け取った。 「はい、これはノア君の分ね」  ミアはクッキーの数を指さしで数えると、隣に座った男児にきっちり半分差し出した。  ノアと呼ばれた男児は、恐る恐るロボの顔をチラ見すると、すぐにクッキーに目線を落とした。 「悪いね。気を使わせちゃって」  いつの間にか向かいの席に椅子を持ってきていた獣人の少女が言った。 「いや、別に」  ロボは紅茶に口を付けながら、素っ気なく答えた。 「子供の扱いに慣れてんだね。兄妹がいたとか?」 「いや、同い年ぐらいの友人の妹と関わる機会があったから、そのせいだ」 「ふーん」  獣人の少女と他愛もない話をしていると、隣の部屋のドアが開き、フードを取った姿で涙目で疲れ切った様子の魔法使いと、多少スッキリした顔の青年が出て来た。  素顔を初めて見たが、魔法使いはエルフだったようだ。  長く伸ばした金髪の髪を1つに纏め、特徴的な尖った耳を持ち、瞳は薄い紫色に見えるが、見る角度によってピンクや水色、緑色にも見えるよう不思議な色をしていた。  魔法使いは骨が折れていたのか、片腕を布で吊るした状態だった。 「待たせてごめんね。じゃあちょっと診させて貰うね」  魔法使いはそう言うと、ロボの足と胸の辺りを手で触りながら、痛みの有無を確認した。 「足の指と肋骨も折れてるね。深呼吸をすると痛むみたいだから肺に傷がついたかな。取り敢えず1か月は絶対安静。ベッドで横になって必要最低限起き上がらない事。足は固定するから動かし辛くなるよ」  足を持ち上げられ、布で巻かれ始めた。 「薬は調合したものをベッドまで持っていくから、必ず飲んでね。ちゃんとチェックするからね」  足に布を巻き終わると、魔法使いは子供を抱き上げる時のように、ロボの脇に手をいれてきた。 「ちょっ、自分で歩ける」 「え、でも足固定しちゃったし、歩きづらいだろう? 大丈夫! 抱っこするのには慣れてるから、落っことしたりしないよ」 「そういうことじゃ」  魔法使いと言い合っていると、青年が間に割って入った。 「僕が運びますから、薬の準備をしてきてください」 「そう? じゃあお願いしようかな」  魔法使いは少し残念そうな顔をすると、奥の部屋に引っ込んでいった。 「すみません、先生年配の人相手にも子供扱いする時があるので」  青年はまた俺の身体を支えると、二階の階段手前の部屋に連れて行った。  そこにはベッドと机と本棚が1つづつ置いてあるだけの、簡素な部屋だった。 「ここ、暫く使っていなかったので、自由に使ってください」  青年はロボをベッドに座らせると、机や本棚を見て回り、指で表面をなぞっていた。 「それで、ここにはいつまで居られるつもりですか?」  指についた埃を払いながら、少しトゲのある言い方で青年は言った。 「長居をするつもりはない」 「そうですか」  青年はロボを一瞥すると、部屋から出て行った。  それを見届け、部屋に一人だけとなったことで警戒の糸が溶け、ベッドに寝転がる。  普段の布だけのペラペラの布団とは違う、ふかふかの布団にロボは身体を預けた。
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