2話 魔法使いの住処

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 そこからの記憶はなかった。  気が付くと日が傾いていた筈の日は登ろうとしは始め、外からは鳥の声が聞こえて来ていた。  部屋にやって来た魔法使いの話を聞く限り、ロボは丸一日半眠っていたらしい。  魔法使いは大層心配していたようで、目を覚ましたロボを見ると、泣きそうな顔で部屋に入って来た。 「本当に目を覚まさなかったらどうしようかと思ったよ。でも無事に目が覚めて良かった。お腹空いただろう? 一昨日から何も食べていないんだから。取り敢えず朝ご飯をと思って目玉焼きトースト作って来たから食べて」  そう言うと、魔法使いはトレーをロボの膝の上に置いた。  そこには目玉焼きの乗ったトーストにサラダ、牛乳に果物までついていた。  見た事のない豪勢な料理に、ロボは思わず料理と魔法使いの顔を交互に見た。  それを魔法使いは不思議そうな顔で首を傾げていた。 「俺、金なんて持ってないぞ」  ロボの言葉に魔法使いは驚いた顔をした。 「いらないよ、お金なんて。僕が勝手にやってるだけなんだから。気にしなくていいんだよ」  無償のもてなしに動揺していると、ようやく身体も目を覚ましたのか、ロボのお腹が大きく鳴った。  突然の事に驚きお腹を手で抑えると、魔法使いはくすくすと笑い、パンを手で持ち上げてロボの顔の前に持って来た。 「食べづらいなら僕が食べさせてあげるよ。さ、口開けて」 「っ、自分で食える」  魔法使いはからパンをひったくると、貪るように食べた。  パンなんて普段から食べなれている食材の筈なのに、それはとても柔らかくふわふわしていて驚いた。  大分お腹がこなれてきた頃、ロボは手持ち無沙汰で魔法使いに声を掛けた。 「なあ、あんた」  魔法使いはロボから声を掛けてきたことに少し驚いた顔をしていた。 「ああ、そういえば、まだ名前を名乗っていなかったね。僕はアーロン。君の名前も聞いていいかな」  ロボは口に含んだパンを牛乳で流し込んで、少し渋ったものの答えた。 「……ロボ」 「ロボ君か! これからよろしくね」  そう言うとアーロンは握手を求めて来たので、ロボは躊躇いながらも返した。  暫くアーロンはロボの食べる姿を隣に座って見ながら、1人で喋っていた。  この果物は誰に貰っただの、この牛乳は村に行った時に交換したのだの。  よく一人でこれだけペラペラと喋れるものだと、少し呆れながらロボは適当に相槌を打っていた。  暫くするとドアをノックする音が聞こえ、朝食を済ませたらしい男女の子供と獣人の少女が入って来た。  ミアは、走ってきてアーロンの膝の上に飛び乗り、アーロンは衝撃で呻き声を漏らした。  ノアは急にミアが走り出したことで隠れ場所を失い、獣人の少女の後ろに隠れながら近寄ってきた。  アーロンは丁度いいとばかりに、膝の上に座るミアから紹介を始めた。 「この子はミア。それで後ろに隠れているのがノア。2人は双子なんだ。ミアは好奇心旺盛でなんにでも興味を持つ子で、ノアは少し人見知りかな。でもよく気が付く良い子なんだ。それでこの子が」  アーロンが獣人の少女を見上げると、少女は自ら名乗った。 「ナタリー。まあ、よろしく」  ナタリーは豹柄の毛をした、身長の高いスラッとした体格の少女だった。  獣人特有のつま先立ちしているような姿勢の足を持ち、その太腿の辺りはロボのお腹周りよりも太く、脚力が高い事が伺える。  イヌ科の種族と違い、ネコ科種族特有の長くしなやかな尻尾が、優雅に揺れていた。 「もう一人いるんだけど、昨日話したから覚えてるよね?」  アーロンにそう言われ、昨日肩を貸してくれたあの青年の事を言っているのだと思った。 「あの子はルイスって言うんだけど、また会った時に改めて紹介した方がいいかな。ここでは一番年上で、僕の元で薬学を教えているんだ。ロボ君も興味があったら教えてあげるからね。僕の手伝いもやってくれるし、僕が留守の時はみんなを守ってくれる、とっても頼れるお兄ちゃんって感じの子だよ。僕がしっかりしてないから、よく迷惑を掛けて怒られるんだけどね……」  アーロンは苦笑いをした。 「今はロボ君の薬を作って貰ってるから、後で会った時にまた」  その時、ノックの音と共に当の本人が部屋に入って来た。  彼は全員の視線が自分に向いている事に気が付くと、驚いたような顔をした。 「先生、言われていた薬を持ってき……、え、なんですか。なにかありました?」 「いや、丁度ルイスの話をしていたから。薬持って来てくれてありがとね」  薬を受け取ると、アーロンはそれをトレーの横に置いた。 「さっき話していたこの子がルイスだよ。何か困った事があったときは、僕かルイスに言ってね」 「どうも。先生、僕に関して何か変な事言ってないですよね?」 「ええっ、いや、しっかりしていてとっても頼れる人だって言っただけだよ」 「ならいいんですけど」  ルイスと言う青年は、ロボを牽制するように鋭い目線で見てきた。  それを真っ向から受けるのはなんとなく気が引けて、ロボは思わず目線を逸らした。  朝食をほぼ食べ終えた頃、家事があるからとルイスとナタリーは部屋を出て行き、双子は遊んでくると一緒に出て行ったので、部屋にはアーロンだけが残っていた。  完食したのを見届けると、アーロンは満足そうな顔をし、コップに入った薬を差し出した。 「はい、最後にこれ飲んじゃってね」  コップを受け取り、中を覗き込むと濃い緑色の謎の液体が入っていて、顔を背けたくなるような酷い匂いがした。  本当にこれを飲むのかとアーロンの顔を見ると、俺の意図を察したように言った。 「良薬口に苦し、良い薬ほどとっても苦いって言うだろう? 大丈夫身体に悪い物は入ってないから。早く治したいのならきちんと飲んでね」  飲むジェスチャーをしてくるアーロンに催促され、ロボは鼻をつまんでそれを一気に飲み干した。  雑草を磨り潰した汁を飲んでいるような、今まで味わった事のない苦みが口に広がり、ロボは顔を歪ませる。 「偉い偉い。じゃあこれ、口直しね」  そう言うと黄色い液体が入った瓶とスプーンをトレーに置いた。  蜂蜜だった。  脇目も降らずそれを受け取ると、ひとすくいして口に含んだ。 「これ、毎食後に飲んでもらうから、忘れないようにね」  口を蜂蜜で一杯にしながら、これからこの作業を一日に3回繰り返さなきゃいけないのかと、これからに絶望していた。
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