Day 14

1/1
前へ
/15ページ
次へ

Day 14

 目の詰まった黒板消しで、意味もなく、ただ黒板をなでる。  クラスメイトたちも、徐々に去っていった。 「それ、何やってるの」  彼女から声がかかったのは、言うまでもなく、二人きりになったその瞬間。 「暇だったから」 「それ、逆にチョークの粉、のばしてない?」 「……まあ」  彼女は苦笑した。  別に、隠していたわけじゃない。  彼女との関係を。  ただ、守りたかった。  目の前の、今にも崩れ去っていってしまいそうな、脆くて儚い唯一を――。  僕が黒板消しを置くと、彼女も口を閉じた。  唐突に訪れる、無音。  この、二人だけの静寂が、僕は嫌いじゃなかった。 「――醜くなんて、ないと思う」  次こそは絶対に言おう、と決めていたその言葉は、静かな教室によく響いた。  黒板に刻まれた、小さな傷。  そっと触れながら、僕はやっと、振り返る。  予想通り、彼女は大きく目を見開いていた。 「…………え」 「醜くなんて、ない。“ありがとう”を言える人が、醜いわけないよ」  はっきりと、力を込めて放ったその音は、空気を伝って、耳にすっと入り込んで、ゆっくりと彼女に届いた。  届いた、んだ。 「……私、あのとき君に告白した自分を、今すごく、褒めてあげたいかも」  照れ隠しのように彼女は言葉を濁す。  思えばそれが、初めて僕が、泣きながら笑う彼女を、心から愛おしく感じた瞬間だった。 「“ありがとう”、颯くん」  そしてそれが、彼女に初めて、下の名前で呼ばれた瞬間だった。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加