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「ライくん」
お祖父ちゃんは僕を振り返ると、悲しそうな顔で言ったのである。
「今日は来ちゃいけないって言っただろう?……何でお祖父ちゃんがそう忠告したのか、ライくんもよくわかっているはずだ」
「お祖父ちゃん、でも!」
「この桜の木は、別の神社に移させてもらうことになった。桜に憑いている子も一緒についていくだろう。何処に移したか、ライくんには絶対に教えない。悪いけれど、そうしなければライくんの命が危ないんだ」
「知ってるよ!でも、あの子悪い子じゃないよ!僕が見つけなかったらまた、あの子独りぼっちになっちゃうよ!」
多分。サクラちゃんはずっとずっと、僕が想像するよりずーっと昔から、あの木陰で誰かに見つけてもらえるのを待っていたのではなかろうか。自分の本当の名前さえ忘れてしまうほどに。
そして、見つけてもらえて、女の子として扱ってくれて嬉しかったのではないか。僕は、あの子の笑顔を曇らせたくない。僕がいなくなったら、一体誰があの子を見つけるというのか。
「悪い子ではないのかもしれない。でもね、世の中には……本人が望まなくても、人と関わるだけで苦しめてしまう存在もいるんだ。彼女が妖怪なのか、幽霊なのか、神様なのかは私にもわからないけれど」
桜の木はトラックに積み込まれて、どこかに運ばれていってしまう。僕はただそれを、茫然と見つめるしかできなかったのである。
「ライくんが自分のせいで死んだら、一番傷つくのはあの子だ。わかっておやり。ライくんは人間として、幸せにならなければいけないんだよ。……あの子のことは忘れるんだ、いいね」
人と、人あらざるものはけして結ばれない。時には、交わることさえ許されない。僕は嫌というほど思い知ったのだった。
――お祖父ちゃんは、酷い。忘れるなんてできるわけないじゃないか。
彼女と会えなくなった結果、僕の体調は著しく回復した。しかしそれ以来僕は、春も、桜の木もダイキライになってしまったのである。桜にはなんの罪もないとわかっていた。それでも、満開の桜を見るとそのたびに思い出してしまう。彼女がどこかの木陰にいるのではないか、まだ僕を探しているのではないかと。だって、君は確かにそこにいたのだから。
次に出会ってしまったら、きっと何もかもが終わってしまうのだろう。探してはいけない、わかっていても、大学生になった今でも僕はその幻を追いかけ続けているのだ。
いつか僕が、人ではないものになったら。そんな日が来たら。
彼女を泣かせることなく、傍にいることもできるようになるのだろうか。
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