君は確かにそこにいた。

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 ***  もうすぐ四年生になろうかという春。  僕は春休みのほとんどを、お祖父ちゃんの家で過ごすことになったのだった。どういう事情があったのかはわからない。神社で特別なお祭りをするから、お手伝いに人手が必要だったらしい?ということは後で聞いたけれど詳しいことは教えて貰えなかった。まあ、僕の家からお祖父ちゃんの家までは、電車とバスを乗り継いで二時間もあれば行ける距離にある。そこまで遠出というわけでもない。大人たちは何かバタバタしているけれど、僕たち子供にとっては全然関係ない。僕はいつものように、なんだか騒々しい大人たちをよそに神社で近所の子供たちと鬼ごっこやかくれんぼをして遊んでいたのだった。  その年は、何時にもまして桜が綺麗だった。神社の境内でも、お花見をする人であふれていた記憶がある。 「ん?」  その女の子は、鬼ごっこをする僕と親戚の子たちの様子をじっと見ていた。年齢は、僕達よりちょっと年下くらいだろうか。二年生くらいの女の子に見えた。おかっぱの、ちょっと見ないくらい可愛らしい子だ。 「ねえ、君!近所の子?」  僕はクラスの女子とも普通に喋るし、普通に性別の垣根を越えて遊べるタイプの子供だった。だから、その子にも迷いなく声をかけたのである。  彼女が僕たちを見つめていたのは、神社でも遠くに大きな、注連縄のかかった桜の木の陰だった。木陰からちょこんと顔を覗かせていたその子は、僕の言葉にちょっぴり驚いた様子だった。 「そんなところで見てないでさ、一緒に遊ぼうぜ!鬼ごっこ、人数多い方が楽しいし!」 「いいの?」 「いいよ!でも、僕はすっげー足速いからな。簡単に勝てると思うなよ!」 「う、うん。わたし、がんばる!」  女の子は嬉しそうに言って、僕のところにちょこちょこと駆け寄ってきた。けして長身ではない僕より、さらにその子は頭半分くらい小さかった。  僕と一緒に遊んでいた親戚の子たちも、女の子が参加したからっていじめたりのけ者にしたりするようなタイプではない。むしろ、その場で会った見知らぬ子も交じって遊ぶなんて珍しくもなんともない環境だった。突然現れた年下の女の子にみんなちょっとテンションが上がったくらいで、特に問題なく鬼ごっこの仲間に迎え入れてくれたのだった。  彼女を交えて、僕達はいろんな鬼ごっこをした。氷鬼、ドロケイ、かくれんぼ、それから木登りまで。途中で仲間の一人がボールを持ち込んだことで、急遽ドッジボール大会も始まったのだった。彼女は足はさほど速くなかったしボールを投げるのも得意ではないようだったが、隠れたり避けたりということは各段に上手かった。 「なあ、君、名前なんていうの?」  僕がそう尋ねると、彼女は困ったように笑った。 「えっと、ごめんね。忘れちゃったの」  僕はその言葉に、ひょっとしたら、と思ったのである。彼女は、人間ではないのかもしれないと。  それでも構わなかった。むしろわくわくしたほどだ。妖怪か、神様か、幽霊か。いずれにせよ、そういう新しい友達が僕にもできたのだと。他の子にも自慢できるぞ、くらいの認識だったのだった。彼女は悪い存在には見えない。お祖父ちゃんが言っていた“良い妖怪”とは、きっと彼女のような存在を言うのだ。  そう、思って彼女と手を振って別れたその日。  僕は階段から落ちて、軽い怪我をしたのだった。
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