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ステップ・ファミリー
どうしよう……どんな顔をしたらいい?
自分の部屋では落ち着かず、居間でジッとすることも出来ず、僕は玄関から伸びた短い廊下をウロウロと往復する。まるで餌を待ち侘びる動物園のトラだ。
――ピンポーン
「うひゃっ!!」
いずれ鳴ることは分かっていたのに、心臓が爆発するんじゃないかってくらい驚いた。
ピーンポーン
もう一度飛び上がり、慌てて居間に飛び込んで、インターホンに出る。
「はっ、はいっ」
「おう、俺だ。開けてくれ」
洒落たカーキ色のジャケットに身を包んだ親父が、カメラのレンズ越しに僕を見ている。開錠すると、親父に続いて淡いピンクのカーディガンの女性と紺のブレザーの女の子が入ってきた。
……どうしよう、心臓がうるさい。
「隼人、こちらが……新しく家族になる人達だ」
湯気の立つ緑茶の湯呑みを4つ乗せたローテーブルを囲んで、ソファーに座る。僕の隣で、照れ臭そうな笑顔を浮かべる親父の向かい側には、肩までのゆるふわボブの似合う色白の女性が座る。35歳と紹介されたが、少し垂れ目のせいか若く見える。
「的羽倫美です。これから宜しくね、隼人くん」
「は、はい……宜しくお願いします」
互いに頭を下げる。それだけのことなのに、緊張してぎこちなくなる。それが気恥ずかしい。
「ほら、あなたも挨拶して」
「ん。的羽朱莉、中1です」
倫美さんに促され、僕の正面で身を固くしている女の子が口を開いた。会釈みたいにちょっとだけ俯くと、ショートカットの毛先が顎の辺りをサラリと覆った。事前に聞かされていた話だと、学年は1つ下。ブレザーの胸に縫い付けられたエンブレムから、隣町の私立の女子校だとすぐに分かる。
「あ、えっと、隼人です、宜しく」
握手するのも妙だから、当たり障りのない返事で、やっぱり頭を下げた。互いの親が交わす紙切れ1枚で、作られる家族、そして兄妹。実感なんか、まるでない。
「隼人くん、お母様にもご挨拶してもいいかしら?」
「えっ……あの、はい……」
一瞬、反応に惑い、隣の親父をチラ見して――その落ち着き払った表情から導き出した最適解として、僕は頷いた。
新しく義母になる女性は、娘と共にソファーを離れる。隣の和室から、線香の匂いに続いてお鈴の澄んだ音が届く。
「いつから、暮らすのさ?」
「ああ……GWにしようかと思っている」
「ふぅん」
「お前には、苦労かけたな」
「それはお互い様だろ」
僕を生んだ母親は、小学校1年生のとき、天国に行ってしまった。霧雨の夕方、赤い傘を差して渡った横断歩道――歩行者側は青信号だったのに、ブレーキとアクセルを踏み間違った暴走車に轢かれた。運転していた83歳のお爺さんは、月命日毎に謝罪の手紙を送って寄越してきたけれど、1年経たずに途切れた。人の噂では病死したらしい。
女手の消えた家の中で、親父と僕は家事を分け合って暮らしてきた。
「上手く、やっていけそうか」
「まぁ……そっちが上手くやってくれるなら、僕はきちんと“息子”をやるよ」
「ははは……」
男同士、口裏を合わせるみたいにボソボソ小声で話した。温くなった緑茶を喉に流すと、最初より渋く感じる。時間が経つと、そんなものなのかもしれない。
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