アウト・オブ・ザ・ブルー

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アウト・オブ・ザ・ブルー

「隼兄、明日、映画行きたい」 「あー、うん。父さんは? 仕事遅いの?」 「いや、明日は定時で上がれそうだが……」 「それじゃ、待ち合わせて、晩ご飯食べようよ」 「給料日前だからな、ファミレスだぞ?」 「いいじゃん、ファミレス」  春休みの間、僕は朱莉が望むまま、遊びに付き合った。家でゲームをしたり、買い物とか流行のスイーツを食べに出かけたり――それは、まるで付き合いたての恋人のように。  朱莉が高校に通い始めても、しばらくは週末の疑似デートは続いた。GWが終わって、夏の暑さが本格的になってきた頃から、彼女は新しく出来た女友達と出かけることが増えてきた。僕もK大の内部推薦をもらうには、もう少し成績を上げたかったから、帰省しなくて良い週末を歓迎した。義妹(いもうと)義兄(あに)離れは、僕の中で燻っている火種を揉み消すためにも良いことに思えた。今ならまだ、気のせいだったことに出来る自信があった。  初盆が過ぎ、一周忌の法要を終え、学年が上がると、週末の帰省はめっきり減った。それが僕の日常になりつつあった頃――霹靂に打たれた。  6月1日は、高校の創立記念日で、今年はちょうど金曜日だ。つまり、三連休になる。ところがこの連休を利用して、老朽化した学生寮のボイラーの交換工事が行われるという。金曜日の夜は大浴場にも入れない。 「あれ、隼人も家に帰るのか? 珍しいな」 「工事の音、うるさいし。しばらく帰ってなかったからね」  リュックに荷物を詰めていたら、同室の陽生(はるき)がベッドから声をかけてきた。彼の実家はコンビニで、帰省したらもれなく稼業を手伝わされるから、可能な限り帰らないのだという。 「騒音なんか、耳栓詰めれば我慢できるって」 「まぁ、たまには気分転換だよ」  本当に、その程度の軽い気持ちだった。ついでに、突然帰って驚かせてやろう……なんていう子ども染みた悪戯心もあったんだ。  なのに――。  平日の14時過ぎ。親父は当然仕事だし、朱莉もまだ学校だろうから、合鍵を使って玄関を開けた。よそよそしい静けさの中に、温く淀んだ空気が溜まっている。なんだろう……なにか違和感がある。  居間を覗いてみる。これといった異変はない。隣の和室も、記憶にある通り。 「母さん、倫美さん、ただいま」  ひと声だけ挨拶して、2階に上がる。自分の部屋に入ってリュックを下ろす。家に入ったときに感じた妙な雰囲気は、気のせいだろうか。  ――ガタン 「えっ?」  ベッドに腰かけると同時に、物音がした。無人の筈なのに、一体――? ぞわっと背筋がざわついて、額が汗ばむ。  カタン。コト、カタン……  いや、いやいやいや!!  人がいる! 誰か……いや、間違いない。この物音は、壁一枚隔てた隣の朱莉の部屋から聞こえているんだ。  僕は、意を決して立ち上がると、廊下に出た。義妹の部屋の前に立つと、ドアを3回ノックした。 「あ、朱莉? いるのか?」 「……? アイツが戻ってきたのかと思った」  ドアは開かれない。けれど、中から女の声が返ってきた。 「朱莉? アイツって誰? いや、それより、なんで家にいるんだ? 具合でも悪いのか?」 「どうして……こんなときに帰って来たのよ」  口調が違う。声も低い。この向こうにいるのは…… 「おい、朱莉?」 「なら眠っているわ。私は、」  いきなりドアが開いた。そこには一糸纏わぬ全裸の朱莉が立っていて、暗い光を宿した瞳で僕を見上げた。
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