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新しい門出
――ピンポーン
チャイムが鳴った。不動産業者の担当者がやって来たのだ。
「行って。私は、これでお別れ」
空になったコーヒー缶を僕の手元のミルクティーの缶にコツンと当てて、シュリは微笑んだ。陽光に照らされて、彼女の髪にキューティクルの輪が光る。
「寂しくなるよ……」
「ふふっ。ハヤトにはアカリがいるでしょ。あの子のこと、大切にしてね」
シュリは、アカリの保護人格だ。何度も親父にレイプされたアカリの心が壊れないように、苦しみを引き受けるために生まれた別人格で、アカリはシュリの存在を知らない。1年前、僕と元凶を消して以来、シュリは顕在化していなかったのだけれど。
「分かっている。最後に会えて良かった」
抱き締めて、深く口づける。ブラックコーヒーの苦味が、ミルクティーの甘味と混じり合う。
ピーンポーン
チャイムに急かされて、抱擁を解いた。僕は不動産業者を招き入れ、再び居間に戻る。
「隼兄、この缶――あ、失礼しました」
両手に缶を掲げたアカリは、不動産業者の男性を見ると、慌てて会釈した。
「いえ、お邪魔します」
「アカリ。飲んだらゴミ袋に入れておいてくれ。こっちで捨てていくから」
「うん」
書類にサインする僕の背後で、彼女はミルクティーを飲み干して、空き缶を2つ、自治体指定のゴミ袋に捨てた。
【了】
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