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ユリシーズは私の手を取って、ダンス会場に向かう。もしかして踊るの? と焦っていると、「リードするから、合わせてくれればいい」と小さく笑われた。
私がダンスを教わってきていないのは、お見通しらしい。
ユリシーズに身体を添わせ、身を任せてみた。
他の人たちも同じようにしていて、これ、ちょっと揺れながら密着しているだけでは? と疑問が浮かぶ。
「こういう場所の『ダンス』というのは、相手を品定めして次の場所に誘うための過程みたいなものだ」
そっとユリシーズに囁かれて、私は大いに驚いた。
品定め? なんだか私が苦手な響きだけれど……。ここにいる人たちは、初めて会った人と踊っているの?
「どうして、ここへ?」
「さあ。実のところ、俺自身がよく分かっていない。多くの男性を魅了するアイリーンを自慢しながら、優越感に浸ろうと思ったのかもしれないな」
どういうこと? と思いながらユリシーズに合わせて身体を揺らす。何やら視線を感じて周囲を見回すと、男性が数名こちらを見ていた。
……もしかして、順番待ちとかされているのかしら。全然知らない人とこんな風に密着するのはごめんなのですが。
「気のせいかもしれないけれど、こっちを見ている人がいるわ」
「こういうところに来ているやつは、人間の中でも嗅覚が鋭いからな。イイ女を探し当てる能力だけは発達している。アイリーンが視線を集めるのは必然だ。絶対に隙など与えてやらないが」
ユリシーズは不敵に笑うと、私の手を握ったままお酒を受け取りにエスコートしてくれた。
「どんな酒が飲みたい?」
「……甘いのがいいわ」
ユリシーズはうなずいて、ウェイターから赤い色のドリンクを受け取って渡してくれた。そうして、自分用には大きな氷が入った透明のお酒を手に取っている。
「乾杯」
ユリシーズはグラスを掲げた後、私が最初のひと口を飲み終えるのをじっと見つめていた。
私が「飲みやすくて好きな味よ」と感想を述べると、満足そうに自分の飲み物をぐっと飲み込む。
「こんな日がくるなんて、思わなかったな」
「何が?」
「男女が不純な動機を持って集まる場所に妻を連れて来たり、そこで妻と酒を飲んだりするなんて、俺は意外に刺激を求めるタイプだったのか」
「私、本当は男の人の視線が苦手なのだけれど、あなたがいてくれれば大丈夫みたい」
「そうか」
お酒の勢いを借りてみようかしらと手に握るグラスの中身をもうひと口飲む。
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