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「アイリーン……!!」
「違いますよ。今はあなたがアイリーン、わたくしはクリスティーナです」
死神伯、ユリシーズ様の屋敷に向かう日。
クリスティーナ姫は朝からずっと泣いていた。
今日からは、彼女がアイリーン。私がクリスティーナ姫になる。
「やっぱり嫌よ、あなたが死神伯の元に行くなんて……! ずっとわたくしと一緒に暮らしましょう?」
「そう言っていただけるだけで、わたくしは幸せです」
いつもは凛々しいクリスティーナ姫が、私の出発に取り乱している。
「これまでの人生で、わたくしのために泣いてくれたのは、あなただけです」
「……アイリーン」
「これからは、わたくしがクリスティーナとなって帝国のために死神伯の伴侶を務めます」
「ごめんなさ……ごめんなさいっ……」
「泣かないで。あなたのためになれて良かったと、本心から思っているわ」
私の髪は真っ赤に染められていた。
目の前のクリスティーナ姫も、真っ赤な髪をしている。
「わたくしたち、本当によく似ているわね」
「ええ、本当に姉妹だった気がする」
二人で手を取り合って、お別れまでの貴重な時間を過ごした。
一緒に庭を歩きながら、他愛もない話で笑う。
この先になにが待っているかは口にすることも、考えることもやめにした。
クリスティーナ姫はよく知った侍女が側にいた方が心強いだろうと、実家から侍女のエイミーを呼び寄せてくれていた。
私の両親に取り計らってくれたらしい。
私の親のことだ、きっとお金か何かを用意されて喜んでエイミーを手放したに違いない。
「お嬢様……」
「エイミー、わたくしはもうアイリーンではないわ。お嬢様でもないのよ」
「はい、クリスティーナ様」
エイミーと一緒に馬車に乗り込む前、こちらをじっと見ていたクリスティーナ姫の元にもう一度駆け寄る。
「これからはアイリーンを、よろしくお願いします」
「任せて。あなたに負けないアイリーンを演じるのは難しそうだけど」
私たちは抱擁して、そして離れた。
クリスティーナ姫の水色の目が揺れたのに気付いたけれど、後ろは振り向かない。
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