相続人

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「ユリシーズ! どこなの?」 バルコニーからユリシーズを呼んだ。 耳の良いノクスなら、遠くにいても私の声が聞こえるはずだから。 「そうやって長く隠れていると……喪が明けたら新しい結婚相手を探してしまうかもしれないわよ? 私はまだ若いし、貰い手ならいくらでも見つかるのだから」 この声が聞こえていたのなら、ノクスは黙っていない。 「お前と俺は生涯の伴侶だろ」とか「アイリーンは誰にも渡さない」と言いながら、怒ってくれるに決まっている。 「ねえ、私はいまだに夜になると古傷が痛むのに、さすりに来てはくれないの?」 ディエスとノクスの声が、はっきりと思い出せない。 ディエスの方がノクスよりも高くて、優しい声だった。ノクスはディエスよりも低くて響く声をしていたのは憶えているのだけれど。 次は何を思い出せなくなるのかしら。 尻尾の触り心地? 私に触れるときに感じる、硬い皮膚の感触? 頭を撫でた時の嬉しそうな顔? あなたの泣いている時の顔は、まだ思い出せるけれど……。 私の涙は蒸発してしまったようで、こんな時でも泣けない。 「アオオォーーーン……」 どこかで遠吠えをしている犬がいる。 あれが、あなただったらいいのに。
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