ホットケーキ

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「ごちそうさまでした」  支払いを終え、摩耶は深呼吸をした。これから、香乃に電話をかけようと思う。香乃と話すのは、あの喧嘩以来だ。きちんと香乃に自分の気持ちを伝えられるのか。香乃の気持ちを、きちんと受け取ることが出来るのか。不安が無いと言えば嘘になる。それでも、香乃とのわだかまりを、綺麗さっぱり無くしたい。香乃は、大切な妹なのだから。 「はい。これあげる」  店を出る前、店主は摩耶に二枚の紙切れを手渡した。その紙切れには、「一品無料サービス券」と書いてある。 「今度、妹さんと二人で来てね」 「はい!」  太陽のような笑みを浮かべる店主に、摩耶は力強く答えた。 「もしもし」  店を出て、電話を掛けた瞬間、摩耶と香乃の声が重なった。二人とも飛びつくように相手に話しかけたのだ。 「ふふっ」 電話の向こうから香乃の笑い声が聞こえてきた。それに釣られて、摩耶からも笑みが零れる。こうなれば、もう言葉はいらなかった。 「香乃、ごめんね」 「私こそ、ごめん」  すっと、二人の間のわだかまりが溶けていく。 「お姉ちゃん、正しかったわ。ゆー君、あの後すぐに浮気したの」 「やっぱり」  二人で笑いながら、くだらない話で二ヶ月の隙間を埋めていく。夏休みが来たら、すぐに名古屋に帰ろう。香乃と、家族と会って日頃の感謝を伝えよう。摩耶は心に決める。 (そして、オジサンの居場所も探してみよう)  メタトロンの近所に住んでいる人に訊いてみたら、案外見つかるかもしれない。もしオジサンと会えたら、ちゃんと自分の現状を伝えて、お礼を言いたい。 「勉強する意味は、勉強を全力でやったことがある人にしかわからんものなんじゃにゃーか?」  勉強する意味を見出せず、学校から足が遠のいていた摩耶に、オジサンはそう言葉を掛けてくれた。その言葉のお陰で、摩耶はきちんと高校に通い、大学の教育学部に進学しようと思えたのだ。  摩耶は背筋を伸ばす。吹いてくる風に、心なしか夏の匂いを感じる。  ――来る夏休みに備えて、たくさん勉強しよう。  胸を張って大切な人たちに会えるように。  摩耶は夜空を見上げて微笑むと、真っ直ぐに前を向いて大きな一歩を踏み出した。
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