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「私、結婚するの」
綾子が少し照れくさそうに言った。
「結婚?」
恵は思わず聞き返す。まさか、結婚という言葉が綾子の口から出るとは思わなかったからだ。
「うん。中学の時の同級生と、偶然再会してね。中学生の時は全く話さなかったのに、意気投合しちゃって。人の縁って、不思議だよね」
こういうのを運命って言うんだよね、と笑う綾子の左手の薬指にきらりと輝く輪。それがこんなに眩しいなんて。
日曜日の昼、賑わうカフェの店内に溢れる人の話し声。店内のBGⅯ。その全てが、綾子を祝福しているような気さえする。
「綾子が結婚ねぇ」
おめでとう、の一言がどうしても出なかった。
恵と綾子が出会ったのは、大学生になった時だ。大学の授業で顔を合わせるうちに、仲良くなった。兵庫から上京してきた恵にとって、綾子は東京で出来た初めての友達である。大学を卒業した後、そのまま東京で就職した恵は、地元の友達よりも綾子との付き合いの方が深いものになっていった。綾子との付き合いも、かれこれ二十年になる。今では、お互いに親友と言えるような関係だ。
そんな綾子と、恵はこんな約束を交わしていた。
「もし二人とも、四十歳になっても結婚していなかったら、一緒に暮らそう」
恵と綾子は同い年だが、二人ともずっと結婚には興味を持たずに生きてきた。何人かは、恋人と呼べるような人も出来たけれど、結婚を意識するような人は現れず。恵は、淡々と仕事をこなしながら、歳を重ねていった。結婚しないで綾子と暮らすのは楽しいだろうな――。本気でそう思ってもいた。それは、綾子も同じだと疑っていなかった。
それなのに。
「一番に恵に報告したかったんだ」
綾子が屈託のない笑顔で言う。恵の心の中に、黒い感情が広がった。
「あと、お誕生日おめでとう、恵。これ、プレゼント」
そう。今日は恵の四十歳の誕生日なのだ。恵は今日、綾子よりも一足先に四十歳になった。何の皮肉だろう。よりによって、今日に綾子の結婚の報告を受けるなんて。
「ありがとう」
プレゼントを受け取りながら、私の誕生日のお祝いは結婚の報告の後なのね、と卑屈になってしまう自分に嫌気が差す。やけになって煽ったコーヒーが苦くて酸っぱくて、何だか悲しくなった。
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