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これは、私の嘘みたいな本当の話なんです。信じて欲しいんですけど…え?はい、ちょっとした雑談ですよ。肩の力抜いて貰って大丈夫です。…ありがとうございます。
良くある話なんですが、私フラれたんです。好きです、なんて桜の木の下で言って。良く覚えてます。気持ち悪い、お前なんか誰が好きになるんだって。
何も嫌いだからってそこまで言わなくたって良いじゃないですか?…あぁ、同意が欲しいわけじゃないんです。ただ、そういう話思い出してむかついちゃって。
そんなのがあるものですから、私、桜が嫌いです。啓蟄が来て、春分が来て、清明が来る頃ですかね。…二四節気ですよ。少しだけ知ってるんです。知っていて損はないかと思って。
話を戻しますね。私、もうどうしようもなくなったんです。それで、いっそ死んでしまおうなんて考えて、屋上に向かいました。
靴脱いで、その時に気が付いたんですが、先客が居たんです。その人は今にも飛び降りそうで。なんか、自分死のうと思ってたのに、先越されたみたいな感じで嫌になって。やめな、って声掛けたんです。
よく覚えてないんですが、その人と話して、取り敢えず家に帰ろってお互い落ち着きました。それで、瞬きをしたらその人、居なくなってたんです。いつの間にか。慌てて屋上から下を覗いたんですが遺体はない。
あー、いつの間にか帰ったんだなって。正直その時お化けとかそんなの考えましたよ?でも、瞬きじゃなかったのかも。みたいなこと考えて私も家に帰りました。…それだけじゃないですよ?まだ続きますから。
いつだったかな?その次の週か、その次の次の週か。私、また死にたくなって屋上行ったんです。…大した理由じゃないですよ。良くある話です。トイレ入ってたら、水かけられたとか、いつの間にか私物が無くなってたとか。…はい、そうです。いじめってやつですね。
それでびっくりしたんですよ。この前の人がまた私の先に立ってて。…すごい偶然ですよね。その人私と、どうにも言えないような、雰囲気というか、似てるんです。やっぱり止めなきゃって思って。また会ったねって、話しかけて。で、その人泣いてたんです。
心なしか、前よりも色々なんていうか、傷ついていて。見えるところはそうで、見えないところもどうしようも無さそうな気がして。…会話は覚えてないんです。夢の中の話なんじゃないかって私もたまに感じますよ。
それで、その後も曖昧に、その人と会っていたような記憶があるんです。…どうしてでしょうね。無いんです。話した、という記憶はあっても、内容は何にも頭の中に残っていない。
最後って言うんですかね。三日ほど前でしょうか。もう、私も限界で。あの人が居ても、もう死んでしまおうって思って。なんなら一緒に旅立とうなんて思ったんです。
そしたら案の定その人は居て。また話をして。その人はもう、多分、私と同じくらい限界だったんです。傷ついた心を幾度となく針で塗って、包帯を巻いて、毎日毎日、どうしようもなくって。
でも、その人と話さなくっても分かったんです。あぁ、同じだ、って。フラれて、いじめられて、実の親に出来損ないだとか言われて傷ついて。
そこで、初めてその人の顔を見たんです。同じ、でした。今まで私を止めていたのは、私だったんです。
「やめてよ」
思わず、そう言ってしまって。自分で自分を生かすなんて意味分からない、んですけど。
でもその人は、自分は言うんです。
「じゃあ、今日はやめとく」
なんて。そう言って、去って行きました。私は、私を、止めて、進めていた。
そして今日。やっとその人、いえ私が居なくなったんです。だから、飛び降りようと思って。楽になろうと思って。
そしたらあなたが声を掛けてきた。初めてです。私の事を知らないなら、放置していた方が、何の関係もなくお互いの為だと思っていましたが。
何故、止めたのですか?いくら止めても、私はいつか必ずこの世を去るというのに。少しだけ早くその寿命を終えるというのに。
そこまで聞くと、屋上に風が吹く。【私】の長い髪がヒラヒラと揺れる。
【私】の話はまぁ退屈ではなかった。と言えるだろう。ただ、何も分かっていない。
「なら、こっちの話をしようか?君が知らない事だ。
ボクは色々な人の人生の一端を見てきた。
ある人はたくさんの人と浮気して、それがバレて酷い目に遭っていた。
ある人は禁断の恋をして、それが大暴走したんだ。結果、その人は逮捕されたかな。
ある人はこの世をゴミだとSNSで発言して、それが炎上して追い詰められていたっけ。
ここまで聞いて君は多分、酷い人生だとか、まぁ思うだろう。だが、君達は少し自覚したほうがいい。
どれだけ間違った人生だったとしても、選択だったとしても、〈何か〉が、あったじゃないか。
ボクには、何も無い。何も、手にない。えも言われぬ感情が湧き上がってきたんだ。
今まで見てきた彼らに手を出すことはなかった。彼らの人生だし、それは彼らが決めた事だ。
だが、君は、彼らとは違う。人生の終焉を自分の手で決めようとしていた。それだけは違う。許されない。
聞いたことがあるかい?此岸で行った事が彼岸に影響する。いわゆる、彼岸は、良くある言い方をするなら、天国か地獄かの試練という事だ。
この話を鵜呑みにするわけじゃない。ただ、どうにも目の前に、そうやってわざわざ地獄とやらに行くような人がいたから止めたんだ。
ボク達は神様とやらが決めた人形遊びに付き合わされなきゃいけない。幼稚な言い方をすれば、おままごとだ。
それもなんだかムカついてね。さっきも言ったが、今までボクはどれだけ酷くなっても、彼らの人生に手を出してこなかった。
でも今、初めて君の自殺を止めた。これは、神様とやらの意思に逆らってやろうなんていうボクの幼稚な考えだ。神様はきっと今回もボクが関わらないと考えているのだろうからね。
まぁ要するに君は、ボクのちょっとした反抗心に付き合わされただけの、可哀想な自殺願望者ってわけだ」
そこまで言うと、【私】は言葉が紡げなくなったようだった。
「ずっとそこにいても構わない。最終的に全てを決めるのは、君自身なのだから。ただ、お勧めはしないとだけ」
一方的に言いたいことだけ言うと、ボクは背中を向けた。【私】にもう要はない。これ以上【私】の人生に首をつっこむのは、人生が何も無いボクには相応しくないのだから。
【私】がその後どうなったのかボクは知らない。知る由もないし、あったとしても知ろうとはしない。
ただ、ボクは今日も彼らの人生を見続ける。
これが、何も無いボクの日常だから。
ふと空を見上げると、桜が散り始めていた。丁度、今は穀雨の時期だったか。
ボクの肩にフワッと花びらが乗る。それを振り落としながら、【私】のように桜をいつか嫌いになるかもな、とほんの僅かに思うのだった。
END
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