二人の父と紅真導符

1/1
12人が本棚に入れています
本棚に追加
/26ページ

二人の父と紅真導符

 龍峰(ロンフォン)山。蒼天国の北東にある神の山。麓には竹林が広がり頂きを上がるにつれ木々が茂り、霧深く神秘的な神仙が棲む山。  蒼天国の皇族は年に二度、夏至の朝と冬至の夕に必ず龍峰山を訪れる。四季の恵みと酒、香を持って山の神に礼を尽くすのだ。蒼天国にとって龍峰山は大切な山である。 上巳節が過ぎた春の夜に、忍んで二人の男が山に入った。男らは言葉もなく静に山を上がる。間もなく十三夜になろうかという月が山道を照らしている。男らが青白い月明りに守られた山道を上り、小さな泉のある処に出ると一人の翁が禅を組んでいた。 「何用じゃ?」 翁は背を向けたまま二人の男に聞いた。 「静かなる山に突然参りまして、申し訳ございません。無礼を承知でお願いがあり、友と上って参りました。」 そう一人の男が言った。 「ほう。願いとな?」 「はい。守りたき二人の絆がありまして、龍峰山の神仙様にお力をお借りしたく参りました。」 翁はまだ背を向けたまま禅を組んでいる。 「上巳節に私に娘が生まれました。この娘と友のご子息を娶わせたいと願っております。ですが・・・」 話し始めた男に替わり、もう一人の男が続けて言う。 「しかしながら私はまだ力が足らず、利に惑わされた者達から幼き二人の縁を守り切る事が出来ぬのではと娘の身を案じております。  ですから、無事に二人が成長し婚姻の年頃になるまで生き延び、私が力を付け二人を守れるようになるまでの間、二人の縁を守って頂きたいのです。」 「ほう・・・ 幼き二人の縁とな。辰斗王よ。」 「はっ。お分かりでしたか神仙様・・・ まだ即位したばかりの辰斗でございます。」 翁は二人の男に向き直して話を続けた。 「蒼天の皇族には感謝しておる。我が棲みかであるこの龍峰山を大事に守ってくれておる。夏至と冬至の礼を欠かす事もない。感謝しておるのじゃ。  で、辰斗王。なぜその娘と世子の縁組みにこだわるのじゃ?」 おだやかな笑みを浮かべて、翁は優しく問うた。 「神仙様。今宵、共に参りました娘の父の文世は、幼き日よりの真の友。信頼できる無二の男であります。その男の娘であれば世子にとってこれ以上の安心と信頼はありません。利にくらむこともなく、惑う事もなく真心で繋がり合える縁かと思います。我が子らにはせめて最初から最期まで真心で結ばれた絆の下に生き、歩んで欲しと願うばかりでございます。」 辰斗王が丁寧に答えた。  続いて共に参った文世が 「神仙様、辰斗王とは幼き日より苦を分かち合い、共に喜び合い過ごして参りました。世子様にもそのような者が必要だと感じております。臣下とは別にもう一人お側に、そのような者がいたなら安心です。  辰斗王は、早くに妃を亡くされ心細く寂しい想いもされて来ました。ですから・・・」 文世の言葉を遮るようにして翁は話し始めた。 「よし、よし。そなたらの心根はよくわかった。蒼天の将来のため、その縁を守れるよう尽力しよう。辰斗王よ。どうか明君になってくれ。頼んだぞ。」 「はい。必ずや。心惑わすことなく明君となりましょう。」 辰斗王の言葉を聞き、翁は大きく頷いた。 「だが・・・ 少し困ったことがあってな・・・」  翁の言葉に辰斗王と文世は顔を見合わせた。何やら雲行きが怪しい。不穏な胸の高鳴りに二人の男は息を飲み、翁の言葉を待った。 「実はその娘は・・・ 奇怪な病を抱えておるのじゃ。」 「えっ! ですが神仙様、娘は七日前に生まれたばかり。よく笑い、よく泣き、元気にしております。至って変わった様子はありませんが。」 緊張と不安の面持ちで文世が言った。 「うん。うん。今のところ娘は、他の赤子と変わらぬように見えるじゃろう。だがこのままでは、これから成長し大人の娘へと育つにつれ不調が現れるようになる。  娘は、胸と子宮に病を抱えておる。まるで古い悲しみが網となって張り付いておるようじゃ。その悲しみを思い出すように、毎月痛みに苦しむようになる。放っておけば網は広がり強固になり、やがて大きな塊となる。そうなってしまえば、お世継ぎを産むことも難しくなる。」 翁が話し終えるとしばらく沈黙が続き、やがて辰斗王が口を開いた。 「何という事だ。可哀想に・・・ あんなに可愛らしく笑い皆を笑顔にしているというのに。神仙様、なんとか治すことは出来ぬのですか?」 「辰斗王よ。案ずるな。方法はある。だが、娘にもそなたらにも寂しい想いをさせる事になるが・・・」 翁が顔を曇らせ黙ってしまった。 「神仙様。娘の病が治り無事に生き延び世子様と添えるのでしたら、我々は何でもします。どうかその方法を教えてください。」 文世は懇願した。 「お願い致します。我々は尽力致します。」 辰斗王も続いて懇願した。  翁は、静かにゆっくりと話し始めた。 「いいか。よく聞いておくれ。東の果てに黄陽国という国がある。蒼天より海を渡った先の国じゃ。」 「はい。存じております。我が国とも交流があり、今も高僧が学びに参っております。」 「文世よ、そうじゃったな。蒼天と黄陽は親交があったな。  その黄陽国に吉紫きちじ山という山があり、その山の若い桜葉には朝に紅く光る葉がある。その葉を七枚摘み煎じて七日飲み続けよ。そして同じ年の夏に、吉紫山の麓の竹林にある夜に白く光る竹葉を三枚摘み煎じて三日飲み続ける。  いずれの葉も摘んでから二刻の内に煎じること。そうでなければ薬効はなくなってしまうぞ。そして必ず桜葉が先で竹葉が後の一対だ。これを七季繰り返し一季休む。そしてまた七季繰り返す。  さすれば病は消え、娘はきっと世継ぎを産むことも出来よう。」 二人の男は安堵し顔を見合わせた。 「神仙様。感謝致します。文世の娘を黄陽へ連れて参り、そのように治療致します。病も治り身の安全も保てる善き方法にございます。このまま蒼天にいて危険が及ぶより安心でございます。」 「辰斗王よ。この方法がわしも善いと思う。寂しい想いは耐えてくれよ。」 神仙の言葉に、安堵と寂しさが混じり涙を滲ませた文世が 「神仙様、感謝致します。娘の身の安全が保たれ病も治るのであれば、こんな嬉しい事はありません。ですが長きに渡り離れ異国に行ってしまっては、世子様と娘の縁が浅くなってしまうのではないかと心配でなりません。」 そう神仙に申し出た。 「文世よ。そなたの心配も分かる。この治療には少なくとも十五年はかかる。その間、蒼天を離れ異国に行き縁の浅きもさることながら、戻った時に、娘である証を立てるのも難しいかもしれぬ。よって、これを授けよう。」 そう言って神仙が二人の前に取り出したのは、紅珊瑚と真珠の螺鈿の護符だった。 「二人ともよく見なさい。この護符は紅真導符(フォンヂェンダオフ)といって、強力な磁力を持つ護符じゃ。こうして必ず唯一無二の物と一つに戻ろうとする法力が働く。相手を間違える事はない。  これを其々子らに持たすがよい。娘には紅を。世子には真珠の螺鈿を。決して身から離さぬよう申し伝えよ。  二人の縁だけでなく、その身を守る護符ともなってくれるはずじゃ。最初にその子の血を一滴垂らし、護符を胸の上に置きこの砂が落ちるまでの間、心音を聴かせよ。さすれば護符は主を覚え、引き離されたとしても一夜の内に舞い戻って来よう。」 神仙が二人に丁寧に話して聞かせた。 「神仙様。感謝致します。このように法力の高い護符を授けて頂き・・・ この御恩は必ずお返しいたします。」 そう深々と頭を下げる文世らに、神仙は、 「よい。よい。これも蒼天の為じゃ。わしにとっても償いみたいなもの・・・   さっ、早く帰り蒼天を発つがよい。吉紫山も、そろそろ花の散る頃じゃ。今年の桜葉にはちと間に合わぬが、下見ぐらいは出来よう。早く発つがよい。」 神仙はそう言うと、また背中を向け月光を浴びながら禅を組んだ。 辰斗王と文世は、深々と頭を下げ急ぎ山を下りて行った。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!