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今だって目を瞑ればはっきりと思い出す。
両親の血の匂い、肉を咀嚼する音、頬に感じる血の生ぬるさ。
俺の両親は国内でも有名な魔法使いで、当時の幼い俺は二人が敗ける姿など想像すらできなかった。心の底から誇らしかったのだ。
だが、そんな二人があっさりと肉片になり果てたとき──人間は一生魔族には勝てないと思った。
将来こんな怪物をゾロゾロと従えている魔国なんぞに攻めたら、人間は負けるだろう、と。
──だから俺がどうにかしようとした。両親の仇を討つためにも。
人間で魔族に勝てないならば、人間をやめればいい。
俺はそう考え、ノーリスクで効率的に人間を魔族と同様の濃い魔力を備えた種族にしようと魔法や魔族の研究に励んだ。
研究が進んでいくほど、人間の魔族化は強くなると同時に自我を失うことが避けられないと確信する。
だが、例え自我を失うことになっても、醜い化け物になっても、魔族に勝てるならそれでもいいと思っていた。どうせもう俺にはこの腕がいくら醜く歪んでしまっても、抱きしめる家族はもういないのだからいい。
両親の死後。親戚のヴィエルジュ家が俺の才能を見込んで養子にしてくれたが、やはり俺は俺の両親を忘れることはできなかった。
それどころか、そこで妹になったディアに強く当たってしまった。
……正直、両親に溺愛され、甘やかされている彼女に嫉妬していたのも否定できない。
大切な家族が存在しているというのに、それが当たり前の事だとばかりに周囲に我儘をまき散らす傲慢な彼女に嫌悪しか覚えなかった。その態度が公爵家のイメージを悪くしていることにも気付かない愚か者だと蔑んでいた。
──だが、今、俺の目の前で必死に化け物と戦っている少女はどうだ?
傲慢で我儘だったはずのディアが今は一人で俺の前に立ち、戦っている。俺を守っている。
対して俺は何している? ただただディアの背後で腰を抜かして、泣いているだけだ。
俺はまた両親の時のように、ディアを見殺しにするのだろうか……。
「嫌だっ! 護りたい! 護りたいの! 推しを失いたくない! ──絶対に、護ってみせる!!」
……その時だった。ディアのそんな声が聞こえた。自分に言い聞かせるように放たれたその言葉には純粋なディアの気持ちが詰まっていた。
護りたい。失いたくない。
その言葉は両親が喰われた時、俺が必死に心の中で叫んでいた言葉そのものだったのだ。
胸がきゅうっと苦しくなり、鼓動が激しくなる。
そうしている間にもディアの盾魔法が消えかかろうとしていた。このままでは二人とも死ぬだろう。
どうすればいい!?
俺はふと、胸元にある固い感触に気づいた。小瓶に入った濃度の高い魔族の血だ。これを飲めば俺は簡単に魔族にはなれる。だが──
──飲みたくない。
結局のところ、今までだってこれさえ飲めば簡単に魔族化はできた。それでも俺がそれを飲まなかったのはそういうことだ。飲みたくなかったのだ。
なぜなら、ソレを飲んでしまえば──求めていた力は手に入るとはいえ、両親との幸せな記憶もなくなってしまうのだから。今後できるかもしれない大切な人を抱きしめることもできなくなるのだから。
俺は結局、人間を捨てきれなかったのだ。それに俺はそもそも誰かを守るために、もう誰も目の前で失わないように力を求めているはずだ。
だというのに自我を失くしてしまったら俺が守るべきものを傷つける可能性が高い。
本末転倒じゃないか!
ならば、もしも勝てないとしても、俺は俺のまま戦おう。
どうして俺はそんな簡単な事に気づかなかったのだろう。自分の抱えていた闇が、そんな一言で片づけられるものだと最初から知っていたくせに。
目の前のディアの勇気が俺にそれを気づかせてくれた。
まずは母から受け継いだこの力で、妹を守らなければ。彼女に俺は感謝と謝罪を伝えなければいけない。
そんな決意をすると同時に体中が熱くなった。思わずディアの名前を叫ぶ。
そして前方に手を掲げる彼女の腕を強く支え、俺は氷魔法の呪文を唱えた──。
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