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第14話:主従カプの定番
「お疲れ様でした、ディア様、クリス様。しばらくこの川辺で一休みしましょう」
長時間グリフォンに乗っていたため、ディアは地面に降りた後も浮遊感に襲われ、身体がよろけた。それを支えたのはクリスだ。突然の最推しの顔にディアは溜まっていた嘔吐物が出てきてしまいそうだが、流石にそれは人間の尊厳をかけて阻止した。
吐き気が落ち着いた後、そそくさとクリスから離れる。
「ありがとうございます、クリス様……」
「……うん」
クリスはどこか機嫌が悪かった。そんなクリスをクスクス笑うジーク。
「クリス様、拗ねないでください。お二人を守るために仕方なかったのです。大好きなディア様とグリフォンに乗りたかったお気持ちは分かりますが──」
「じ、ジーク! ぼ、僕は拗ねてないっ! ディアの前で恥ずかしいことを言わないでくれ!」
「ふふ。申し訳ございません」
ぷんぷん拗ねるクリスを宥めるジーク。このやり取りにディアは嘔吐に加え鼻血が吹き出そうだったが、これもなんとか抑えた。
少し身体が重い。ディアは自分の体力のなさを痛感する。そんな彼女を察してくれたのか、ディアの背中にグリフォンの一頭がすり寄ってきた。
「ぐるる……」
グリフォンはその場で座り、自分の横腹をくちばしで指した。どうやら彼は「自分の身体に寄りかかって休め」と言ってくれているようだ。
なんと気遣いができるグリフォンなのだろう。ディアは感動した。
「ありがとう。では、お言葉に甘えて休ませていただくわね」
「ぐるるっ!」
グリフォンに背を預け、ディアもその場で腰を落ち着けた。
ディア一行が休憩に降りた場所は、川が流れつつも新緑や草原が広がっている。川の流れる音、木々が揺れる音、小鳥のさえずり……まさに休憩するにはもってこいの場所。
「ディア、僕も隣で休憩していいかな」
「えっ!? え、えぇ。構いませんが……」
クリスがディアの隣で腰を下ろす。近くなった推しの顔にディアは休憩どころではなくなってしまった。
(くっ……、毎秒「顔がいいっ!」が更新されてしまう……!! これじゃあ尊さで身体が休まらないっ!)
しかしクリスのアプローチはまだ終わらなかった。彼は、ディアの手を優しく握り、ディアの肩に頭を預ける。クリスの茶髪がディアの頬を撫で、ディアの頭はパンクした。
「くぁwせdrftghyふじこlp;p:@@~~ッッ!?」
「ごめん、ディア。ちょっと疲れたみたいだ。君に甘えても、いいかな……?」
「く、クリス、様!? わ、私よりもジーク様の方が……」
(むしろ、ジークの肩に頭を乗せるクリス様を、私が見たい!!!!)
だが、それは叶わなかった。既にクリスはディアに身体を預けたまま、眠ってしまったからだ。
これではディアは動けない。耳元で最推しの呼吸音が聞こえる。ディアの心臓は暴走していた。
そんなディアを面白そうに眺めるのはジークだ。
「よかった。これでクリス様の機嫌もすっかり直るでしょうね」
「じ、ジーク様ぁ! た、助けてください! 私には刺激が強すぎます……」
「まぁまぁ。最近、クリス様は王城で忙しなく働いていましたからね。国王様が今回の調査を許可したのも、自然の中でクリス様を癒すためでもあるのです。ですからディア様、どうかご協力を」
「そ、そうでしたのね……」
「では、一時間ほどここで休みましょうか。安全を確保します」
そう言うと、ジークは慣れた手つきで地面に魔法陣を描いていく。ディア達を中心として、半径二メートル程の魔法陣だ。
ジークの指を通して魔力が流され、描かれた文様が光る様子は一種の芸術のように美しい。
「ジーク様? それは一体……」
「結界魔法ですよ。これで、もし近くに魔物がいても入れません」
「結界魔法!? そ、そんな素敵な魔法が!? よ、よろしければ私も、その魔法を習得したいのですが!! これで自動的に魔物からクリス様を守ることができるのですよね!?」
ディアは途端に目を輝かせた。未だに守護魔法の中でも盾魔法しか習得していないディアにとって、新しい魔法というのは未知の領域。
ジークは興味津々のディアを意味ありげに見つめる。
「クリス様を守る、ですか……」
その視線に、少しだけ嫌な気配が背筋を流れたのが分かった。そういえば、先ほどもジークから悪寒を覚えたような……。
ジークは言葉を続ける。
「……クリス様は、少し前まではどこか他人と一歩距離を置いている御方でした」
ディアはふと思いだした。
(そういえば、クリス様はジェイド様の戴聖式の件で人間不信になっていたんだっけ……。そりゃあ、あんなことが起これば誰だってそうなるでしょうけど……)
「──でも、今は年相応に笑って、拗ねて、楽しそうなのです。これもきっとディア様のおかげなのでしょうね」
「私、ですか?」
「はい。クリス様と、あの堅物のカインまでが貴女を褒めるものですから、今回の調査の護衛を買って出ました。その間に私は貴女を見極めるつもりです。失礼ながら、貴女の評判はあまりよくないですから。人間がそう突然変わるものではないと思っておりますので」
ディアは唾を飲みこんだ。
つまりジークはこの調査の間、ディアを監視すると言っているのだ。先ほどの嫌な気配はジークからディアへ向けられた不信感に他ならない。
しんっと場が静まる。しかし、次の瞬間には、ジークは陽気に笑いだした。
「はははっ! 驚かせすぎましたかね? まぁ、何か企んでいるようでしたら容赦はしませんよっていう話です。クリス様はまだ十三ですし、カインは単純ですから、私がしっかりしないとって思っているわけですよ。ははは」
「は、はは……」
ゲームの中のジークもどこか掴めない人間ではあった。だけれど、クリスへの忠誠心は本物である。
だからこそ──
(──はぁ、クリス様の周りに集る悪い虫(※私)を監視するジークの図ってなんて──尊いのかしら……。まさか「私の主に危害を加えるようなら容赦はしない」的な主従カプにありがちな台詞も聞けるなんて……!! はぁーッッ! いいジククリをありがとう!!)
ディアが内心違う意味でときめいてしまったのは、言うまでもないのである。
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