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第15話:謎の野生児
一時間の休憩を挟み、ディア一行は昼前にはグリフォンからキタス村が見下ろせるまで近づくことができた。しかしそのまま村に行けば、住民を驚かせてしまうだろうと、近場に降りて歩いて村に向かうことになったのである。
「と、いうことで今からキタス村の人々に調査の協力を求めるため、村へ向かうのですが、その前に……」
ジークが背中に提げていた彼の身長ほどある長い杖を美しい動作で取り出す。
その杖を近くの木に向かって振れば──「うわっ!?」という叫び声が聞こえた。木から、茂みをクッションにして何かが落ちてくる。
「私達を監視する無礼者がいるようでしたので、まずはこれを排除する必要がありますね」
ジークはクリスとディアを背中に入れつつ、木から落ちた影に近づく。
(け、気配に全然気づかなかった……。流石ジーク! ゲームの最強キャラ!!)
どうやら木から落ちてきたのは青年のようだ。年齢はディアと同い歳くらいだろうか。
好き放題に伸ばされた長髪。晒された傷だらけの上半身。全身のあちこちに土や木の葉がこびりついており、その獣臭さが数メートル先でも分かった。
(野生児?! こんなキャラ、ゲームでは見かけなかったけれど……)
ディアは森に住んでいるであろう青年をまじまじと観察する。
バッチリ目が合うと、彼は獣のように威嚇してきた。
「お前らっ! ここに何の用だ!」
「ふむ。言葉を話せるということは……君、キタス村出身ですね?」
「だからなんだ! 村に何の用だと聞いてる!」
「落ち着いて欲しい。私達は君にも君の村にも危害は加えない。制約魔法を使って誓ってもいい。私はジーク。こちらはクリス・サン・エーデルシュタイン殿下。こちらはその婚約者であるディア・ムーン・ヴィエルジュ様。お二人とも、このエーデルシュタインの未来を背負う御方だ。私はお二人の護衛さ」
「殿下だって……?」
ジークの冷静かつ穏やかな声色に敵意がないことが伝わったのだろうか。彼は威嚇をピタリとやめ、ジークの言葉を信じ、驚く。
「……どうして、そんな高貴な人間がうちに?」
「この森の魔物調査に来たんだ。よかったら君、村へ案内してくれないかい? その方が村の人達も安心してくれるだろうし」
青年は少し考える素振りを見せると、小さく頷いた。ジークは優しく微笑んで「ありがとう」と返す。
その間、ディアは青年から目が離せない。どこか、彼には見覚えがあったからだ。
(この子、もしかして。いや、私の考えすぎよね……)
ディアの疑惑を余所に、一行は村へ進む。
道中、リスやウサギに似た森の小さな魔物達がホープの肩に乗ったり、足元に集まってきた。
「随分好かれているのですね。魔物が人間に懐くことがあるなんて」
「……別に、勝手に寄ってきてるだけですよ。俺がここ一帯の魔物を狩っているから……俺に媚うったら生き延びることができるとか、本能的に考えているだけでしょう」
そんなことを言っていても、彼は決して小さな魔物達を追い払ったりはしなかった。そういう優しさに、魔物達も惹かれているのだろう。
ディアの疑惑が徐々に確信に変わりつつある。
キタス村が見えてきた。
村の周辺では屈強な男性達が鍛錬に励んでおり、気温が二度程度上がったような熱気を感じる。彼らこそ、広大なツルリの森から村を守る自衛団なのだろう。
その中の一人、特に屈強な男性がこちらに手を振っている。体格・身長はカインと同程度、晒された上半身には獣の牙や爪による傷が多くみられた。
ディアは彼にも見覚えがあった。
(彼は……そう、ダンさんだわ! ホープの実の父親で、孤児だったニコルを自分の娘のように育てた人! ゲーム序盤で登場するからよく覚えてる!)
そんな彼が手を振っているのはディア達ではなく、案内役の青年のようだ。
「おい! ホープ! お前、やっと帰ってきたのか、このバカ息子! それに一体どちらさんを連れてきたんだ? えぇ?」
「……えっ? 今、」
ホープ。それはディアがこのキタス村に来た真のターゲット。
ディアは我を忘れて、青年の髪にこびり付いた泥を払った。ダンと同じ金髪がうっすらと見えてくる。
青年は突然のディアの奇行に顔を赤らめた。
「おいっ!! か、顔が、ちけぇよ……っっ」
(この声に、この赤面顔……。間違いない。やっぱりこの子は、世話焼きツンデレ幼馴染でおなじみのホープ!! ゲームの攻略対象キャラ!! 泥で髪が汚れていて、金髪が隠れていたんだわ……)
「おい、おいって!!」
「ハッ!」
ホープの声に我に返ったディアは慌てて彼から離れ、一言謝罪する。
「なんだ、ホープ。森でガールフレンドでも見つけたのか?」
「ちげぇよ、馬鹿親父。こちらはクリス殿下と、その婚約者のディア様だぞ」
「……はぁ?」
ポカンとするダン。事前報告なしで王族貴族が訪問すればそんな顔にもなるだろう。
「あぁ、信じられないようでしたら、こちらを」
ジークが黄金に輝くメダルを取り出した。太陽が彫られているそれは国印であり、ジークが王城に仕えている者である証拠。前にカインに見せてもらったことがあるのでディアはそれを知っていた。
ダンはさぁっと顔を真っ青にすると、目にも見えない速さで頭を下げる。
「も、も、申し訳ございませんでしたぁ──っ! なんというご無礼を!」
「いいえ。こちらも事前に知らせておらず、申し訳ございません。実は今回、こちらのディア・ムーン・ヴィエルジュ様のご希望により、キタス村周辺の魔物調査のために来ました。それと、」
他にも用事があったのだろうか。ディアは首を傾げた。
「……街の運送屋から調査依頼がありましてね。キタス村周辺の移動魔法の魔法陣が作動しないと。魔物調査ついでにそちらも確認しにきました」
ディアとクリスは顔を見合わせる。どうやらクリスもその事を知らなかったようだ。
思えば、たしかに運送屋の移動魔法を使えば、グリフォンよりもあっという間に村にたどり着いただろうに、ジークはそうしなかった。
「あぁ、そういえば最近あちこちの魔法陣に魔物のひっかき傷がついてたんでさぁ。村で飼ってたグリフォンも逃げちまって、国に報告書を提出しようと準備してたんだが……」
「なるほど。では私が報告書を受け取りましょう」
「ありがたいです。だが、一つ分からねぇんです。ここらの魔法陣には聖魔法の加護も付与されていたんで、魔物は近づけねぇはずなんですがね……」
「ニコルがやったんだろ」
ホープがポツリと言うと、「お前はまたそんなことを言って!」とダンは眉を吊り上げる。
ディアはその時、ホープがきゅっと唇を結んだのが見えた。その表情を見て、確信する。
(……やっぱり、ホープはあのニコルのことを知っている。それに、ニコルと何かあったんだわ!)
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