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「ディア?」
目が覚めて、真っ先に視界に飛び込んできたのは“最推し”の顔だった。
青いサファイアが二つ、こちらを見つめている。ディアは鼻の奥から熱い液体が溢れてくる感覚を覚えながら、心の中でこう叫ぶ。
(顔が、いい!!!!!!)
「でぃ、ディア!? 鼻血が……!! やはりまだ体調が悪いのかい!? 待っていてくれ、今、ご両親と医者を!」
「いえ、お気遣いなく。持病ですので」
そうきっぱりと言い放ち、上品に自前のハンカチで鼻を抑えるディア。そんなディアを戸惑った表情で見つめるのは──ディアの婚約者であり、エーデルシュタイン王国の第二王太子であるクリス・サン・エーデルシュタインだ。
彼はどうやらいつもと雰囲気が違うディアに驚きを隠せない様子。ディアは内心昂る興奮を必死に抑え込んでいた。
(やっぱり間違いない。今世の記憶と前世の記憶を照らし合わせてみても、私は「黎明のリュミエール」の世界に、しかもその中の傲慢我儘令嬢のディアに転生してしまっている。そしてその婚約者であるクリス……いや、クリス様はゲームのメイン攻略対象キャラであり、私の最推し!! どうして今までこんな大事な事を忘れてしまっていたのかしら! こんなに愛らしい十三歳、他にいないというのに!!)
……と、ここでクリスが困ったように口を開く。
「その……、戴聖式の事は残念、だったね」
「へっ? どうしてですか?」
「えっ? だ、だって、君はずっと氷魔法に憧れていただろう? 守護魔法なんて……いつもの君なら、怒り狂って暴れ、いや、悲しむんじゃないかと思って……」
「あぁ」
なるほど。ディアは思った。
というのも「黎明のリュミエール」に登場する本来のディアの性格に起因しているのだろう。
ディアはクリスルートの恋敵役だ。故にいい性格をしているとはとても言えない。主人公の魅力を引き立てる為に下民を見下し、傲慢で我儘で嫉妬深い悪女として描かれているのだ。クリスと仲を深める主人公に嫉妬し、悪魔を召喚して主人公を殺そうとするなど、それはもう酷い。
(つまり、そんな自分が守られる側であることを当然だと思い込んでいそうな傲慢我儘令嬢が「他人を守る」魔法を授かるなんて許容するはずがない……って、周囲は考えてるってことね。それもそうだわ)
とにかくクリスにはその誤解を解いておく必要があるだろう。
「別に、悲しくなんかありませんよ」
ディアは満面の笑みを浮かべる。心の底から喜びを表現する彼女の笑顔にクリスは目を見開いた。
「むしろこんなに素敵な魔法はないと思っているほどです。推しの家の壁になれ……ゴホンゴホン……大切な人の盾となって、守る事ができるなんて!」
少し欲望が漏れてしまったものの、その言葉に偽りはない。
この「黎明のリュミエール」の世界は勿論バッドエンドが存在する。人間に対し、魔族という人ならざるものが存在する世界だ。二つの種族は対立しあい、争いを繰り返している。
故に、キャラクター達が死ぬルートも勿論ある。だからこそ、今のディアにとってこの能力を授かったことはこの上ない幸運だった。
(そう、今の私はディアじゃない。そしてこの世界はもうゲームじゃない。現実なんだ。ならば、私は大好きな「黎明のリュミエール」のキャラクター達が死亡するルートをなんとか回避しなければならない。そのためにこの能力はうってつけ!)
ぎゅっと掛布団を握る。決意に満ちた強いディアの瞳に、クリスはさらに石になってしまった。
「クリス様。クリス様はどんな魔法を授かったのですか?」
「あぁ、僕は光魔法を授かったよ」
(──よし、これもゲーム通り。クリス様はやっぱりこの世界のキーパーソンなのだわ。光魔法は悪魔や魔族に特攻効果があるクリス様だけの魔法。だから「黎明のリュミエール」のどのルートでも、クリス様が最後にラスボスを倒す要になっていた……。そしてあと一つ確認するべきことがある)
「クリス様、おめでとうございます! 栄光ある光魔法の魔力を授かるなんて! ……ちなみに今回の戴聖式で治癒魔法に目覚めた方はいませんか?」
(これは確認だ。私達と同じ年の戴聖式で、ゲームの主人公のニコルが治癒魔法を授けられるはず。光魔法と治癒魔法は伝説級に希少な魔法だから、噂が立たないはずがない。必ずクリス様の耳に届いているはず!)
「? いや、治癒魔法ほど珍しい魔法の話は聞いていないな……」
「!?」
ディアは耳を疑った。
(──嘘。主人公が……現れなかったですって──??)
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