(元同級生に)ひっこぬかれる

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(元同級生に)ひっこぬかれる

「あれ? もしかして千聖ちゃん?」 「その呼び方……新山か?」 「ああ、やっぱり千聖ちゃんなんだ! すごい偶然」  卒業以来まったく顔を合わせていなかった同級生との再会に驚く。男女ともたぶらかす魔性のオーラと優男風ながら中性的な顔立ちを思えばこちらから気づくヒントはあるが、太くたくましく育った筋肉に刈り上げた短髪を見てかつての弱々しいクラスメイトだと同定するのは至難の業だろう。それができる奇才ぶりも、この男らしいといえばらしいのだが。 「千聖ちゃん、けっこう変わったね。ここ、普通のジムだけど、場所合ってる?」  専門トレーナーのいるようなジムではないが、という意味なのだろう。 「お前こそ、場所合ってるのか?」  どこにでもある無人ジムは、天才奇才の来る場所ではないだろうに、と返す。ついでに溜め息で補足。 「あと、俺は毎日来てる会員だ」 「毎日来てて会うの初めてってことは、時間帯かな。俺も週に何回かは来てるよ」  バーベルを置いた新山咲夜は、中学のときと同じような顔で笑う。あどけなさの残る顔に、変わらない笑窪。笑顔は昔とそう変わりない。対して自分は、相当に変わった自覚がある。 「せっかくだし、このあと飲みに行かない? 再会を祝して」  自分は「再会を祝して」など日常で使ったことはないのに、それが似合うキザな男からの誘いを、千聖は蹴る。 「飲みは筋肉に悪いから断る。食事なら」  だが完全には断りきれない。昔から、こいつは誘うのが上手い。人を惹きつける何かがある。恋情でも友情でも、こいつの周りには人が絶えなかった。誰とも深い仲ではないのに、浅く広い人間関係を深く錯覚させられるのもすごかった。そこは褒めるべきではないかもしれないが。 「千聖ちゃんは真面目だなあ。じゃあそうしよう。終わったら声かけて」  声をかけなくても、それはそれでいいのだろう。踏み込むようで踏み込んでこない距離感は昔と変わらない。 「その呼び方はやめろ」  やりとりも変わらない。  ただ、関係性が変わったのはこの日からだった。  スーツの上からでも腕の太さがわかる千聖は、鍛え抜いた体をうかがわせないトレンド物の私服に身を包んだ新山とは大違いだった。顔立ちにはかつての愛らしさの面影がわずかに残っているが、体はボディビルダーのようにたくましく重量感にあふれている。 「千聖ちゃん、今弁護士やってるんだ」  名刺を見て言われた。そこには有名な事務所の名前と『樫木千聖』の名前が記されている。職業も名前も顔に似合わないとはよく言われるもので、名前なら女性に、仕事ならこれまでボディガード、警備員、消防隊員、自衛隊員にまちがわれたことがある。  ただ新山の関心は千聖の職業ではないだろう。中卒で司法試験を突破したと同級生のなかで話題になった新山が気にするとしたら、所属事務所の名前なはずだ。有名事務所のなかでは……まだ若輩者の千聖はふるわない方だが、名刺だけを見れば立派に感じる。 「千聖ちゃんさ……、ウチに来ない?」 「は?」  焼き肉定食を食らっていた手が止まる。 「ここじゃ取り合いでしょ。ウチならちゃんと依頼あるよ、大変なくらい」  そう言って差し出された新山の名刺に、千聖は少しだけ迷って、気がつけば首を振っていた。任される件数の少ない千聖の劣等感を、どうやら見通しているようだ。  千聖が弁護士を目指すきっかけとなった友人はやはり、人を誘うのが異常に上手かった。
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