(元依頼人に)ひっこぬかれる

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「もういいから、好きにしろ……」  規制の難しい、輸入物の筋弛緩剤。それを使わなくとも抵抗しなくなった千聖を思えば、貴之に気を許しているのは明らかなのに。 「うーん……。僕の好きにしろっていうか、千聖さんの好きなことをしてって言われる方が嬉しいんですけどね」  貴之は千聖に言わせたいらしい。体をねだる言葉も、愛を伝える言葉も。はじめが強引すぎただけに疑心暗鬼になるのだろう。  そう言われても、数日前にはまさか自分が男を相手にするとは思ってもみなかった千聖に、そこまでのことはできない。愛しているかと問われれば、まだ断言はできない。心の最も弱い部分を包んで、慰めてくれたのだけは確実だ。でもそれ以上はと問われれば、告白から体の関係まで順序立てて進めてきた千聖にいきなり求められても、無理がある。  悪い気はしないから関係を続けている。まだそうとしか言えなかった。そうとしか言えないが、この先これ以上自分を愛してくれる人がいるかと考えれば、それはそれで疑問だった。 (慰めるはずだったのに、慰められるとはな)  細身の体でも生きていけるしたたかな貴之に、慰めなんてものはいらなかったらしい。慰めが必要だったのは、筋肉で武装することでしか自分を守れなかった千聖の方だったらしい。 「……一応、犯罪は犯罪だからな」  捨て身の求愛に忠告する。千聖だから許しただけで、他なら間違いなく裁判沙汰だ。 「わかってます。……千聖さんだから、ここまでしたんですよ」  よくわからない理論を返される。 「好きだからって、何をしても許されるわけじゃないぞ」  若者の暴走は、たまに目に余る。それが若さの特権だとしても。七歳下の新しい恋人に対して抱くのは、すっかり中年めいた感想。 「わかってます。なんなら今から訴えてもいいですよ。僕は一度でも千聖さん抱けて、良かったです。この感触、墓場までもっていきます」  一度ではないだろう、と溜め息をつきそうになったところへ、すじの浮き上がる大腿四頭筋を撫で回され、整った歯型とキスマークを残される。  筋肉質でむっちりとした弾力が好きなのだとは、あとから聞いた話だ。パーツはかわいいのにあえて渋面を繕っている顔も、整った筋肉で覆われた体も、正義感が強くて情に厚い性格も好みドンピシャなのだとは、毎晩聞かされている話だ。そう思えば、鍛えたからこそ貴之を惹きつけてしまったのかもしれなかった。 「モテるだろうになあ」  それこそ、貴之の姉の言う通りだ。儚げな美青年は、さぞ女性ウケするだろうに。 「僕は、千聖さんにモテたいです。っていうことで、そろそろ諦めてください」  三年待ったというピストンは、いつもひどく早い。待った時間を取り戻そうとしているかのようだ。大きく腰を振りながら胸へと口づけてくる細い体に、千聖は腕を回した。やっぱり、しがみつけば折れそうだ。  ただ貴之は、無害そうな顔を驚きにゆがめ、笑みを浮かべた。 (もう、いいか……)  泡立つ音にかぶさる低い嬌声を聞きながら、ありえない場所から与えられる摩擦の快楽に身を委ねる。 (全部、こいつらのせいだ)  苦労性の千聖の苦労はまだ続きそうだったが、もう溜め息は出なかった。
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