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二の腕は以前よりたくましく、黒々とした髪は昔と違って見えた。前は茶髪に近かった気がするのに。だが顔立ちは同じだ。苦労しているのか、しかめっ面になりがちで強面に見える顔。よく見ればかわいらしいのに。スタイルも良い。時代劇の主演男優か、ボクサーに似ていた。長身で筋肉がついていて、顔は引き締まって小さい。表情さえやわらかければモデルにもなれるだろうに。そんな人物を、貴之は一人しか知らない。
念のため職業を聞いてから、もしかしたら双子の可能性もあるのかと考えて名刺を受け取った。間違いなく本人だ。
離婚してから、また探偵にでも依頼して追いかけようと思っていたのに、まさか向こうから現れてくれるとは。もし運命の女神がいるのなら土下座で感謝したいところだ。
しかし貴之が天にも昇る気持ちでいた一方で、千聖はまったく貴之に気づいていないようだった。貴之のフルネームを聞いても反応はなく、綺麗さっぱり忘れているようだった。貴之は次第に落胆して、離婚調停という現実を思い出し、忘れているようだがひとまずは丁寧に話を聞いてくれる千聖に改めて惹かれていった。九十分の間の出来事とは思えない天地を味わった。
(このまま、かっ拐って奪えたらいいのに)
そんな浮かれた考えは、次回から否定された。
所長の方が頼れるかな、と安易に指名していたせいで、千聖が出てくることはなくなった。
新山と名乗った担当の所長は、男にしては妙に色っぽい気はしたものの、物腰やわらかな態度と笑顔は貴之の好みではなかった。貴之はもっと、かわいげのある人が好きだ。抱きしめたときに弾力のありそうな人が好きだ。つまり千聖だ。
弁護士にタイプを求めるのはまちがっている気もしたが、一応、担当を千聖にできないか尋ねてみたこともあった。
「できますよ、もちろん。ご希望であれば次回からでも」
新山は当然と答えた。しかし肯定しながら、笑顔を崩さないままに否定した。
「ただ、田辺さんの場合、私の方が良いと思いますよ。短期決戦したいでしょ」
「えっ……?」
「今は、離婚調停中です。調停委員も味方なので順調ですが、このまま田辺さんの有利な条件で離婚したいなら、今の時期に動くことはおすすめできません。特に色恋。相手の浮気を非としてこちらの有利を進めているのに、こちらも浮気となれば、長引くうえにどっちもどっちになってしまうので」
(こいつ、気づいてるのか……!)
貴之が千聖へ寄せている好意に。裏で奪い去る算段を立てていることに。
「終わらせてから、考えましょうよ」
確かにここで千聖の同情を煽って長引かせるより、早く終わらせてアプローチした方が得策か。冷静に考えれば、指摘通りだ。
(食えないやつ……)
やわらかな笑顔を、初めて苦く感じた。同時に、この人に任せれば本当に大丈夫だと安心感も湧いた。同族な気がした。
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