(元同級生に)だまされる

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 思わず足が止まって、トレッドミルに流される。落ちかけて、慌ててランニングを再開した。 「恋人? いたのか」  もちろん「お前に?」という意味だ。新山はモテるが、モテすぎて昔から特定の相手をつくらない。三島ともたまに「あれで大丈夫か」と密かに案じて話してしまう程度には、今でも貞操観念が狂っている。そんなやつに、恋人? 「初恋人なんだよね」  知っている、というか、だからこそ驚いている。 「寝顔がかわいくってさ……。置いて行きたくないなって。デートできないのも嫌だし」 「はあ……」  溜め息しか出なかった。発想が中学生……いや、それ以下かもしれない。寂しいやら嫌だからやらで休みたいと言ったってお前はもう社会人だろう、と質したところで、目の前の初恋に浮かれる男には届きそうもなかった。 「……休みっぽいってなんだよ。ぽいって」  そこは断定しろよ、と思う。断定できないところを思えば未成年相手ではなさそうで安心するが、仕事のスケジュールくらいは聞いておけ、とどうしても思ってしまう。 「まだ付き合いたてでね、どんな仕事してるかも知らないんだ。でもメッセージの時間的に、土日は昼まで寝てそうなんだよね」  確認しろよ、と同時に、セフレから格上げのタイプか、と思った。そして次の瞬間には今の現実――むさ苦しい野郎二人がジムで恋バナというシュールさに溜め息が出そうになった。  明らかなマッチョの自分とは違って、一般的には新山はむさ苦しくない部類かもしれない。しかし男に恋愛感情をもたない千聖にとっては十分にむさ苦しい。結論、「これ以上は何も聞かないでおこう」。聞かぬが仏で、関わらぬが花だ。 「……期間限定だからな。あともちろん、案件次第では土日分も回す」 「了解、ありがと。やっぱ最高だよ、千聖ちゃんは」  新人教育やら若手の育成やらで悩んできた俺の数年間はなんだったんだと思うくらい、どうにも軽い感謝を受ける。 「だから、その呼び方はやめろ……」  実は自分の我儘を通してくれる相手がほしかっただけじゃないかと疑って、たぶんそうなんだろうなあと納得して、浮かれているこいつに今何を言ってもなあと諦めて、千聖は今日も溜め息をついた。  かつて小柄で童顔だったためにいじめられていた自分を思い出す。刑法と罰則をつらつらと暗唱していじめの相手を追い払ってくれたかつての同級生は、三十路でようやく青春しているらしかった。 (こいつに憧れるなんてバカげてるって、あの頃の自分に言ってやりたい……)  予備試験から司法試験へ臨んだ新山とは違うものの、法科大学院在学中に試験合格という、大学から法曹界入りするには最短ルートをたどった千聖は、青くて幼すぎた過去の自分に助言してやりたくなった。  ――お前の憧れた人間は、ろくなやつじゃないと。
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