(依頼人に)ほだされる

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「わーお。えげつないね、それ。すごい神経」  千聖も三島もその見解には同意するものの、お前が言うか、とは思った。 「それで、依頼するって?」 「みたいだ。まあ、法律がわからんってよりは奥さんの言い分がわからんって方だろうけど」  新山は結局九十分に間に合わず、通常業務を終えてからの報告になった。田辺の話をすべて聞き終えた千聖の胸には、現状への同情心と厄介な女につかまったことへの憐れみがあふれていた。 「結婚して一年半か。息子さんは、一歳二か月……惜しいな。それで、育児を手伝ってくれないのと再婚禁止期間を考えて慰謝料、と。この先考えれば取れるもの取ろうっていうのは賢いけど、まあ、いろいろ賢くはないよね」  賢く浮気するのはお前くらいなものだろう、と千聖と三島は冷ややかな視線を浴びせる。いや、浮気はしていないのか。だがそれでも。  脳内だけは真面目に民法を整理しているらしい新山は、二人の視線に気づいていないらしい。千聖はいろんな意味で溜め息をつきたくなった。 「そもそも理不尽だろう。戸籍だけ借りて浮気し放題で他人の子どもを育てないから、なんて」  昼間のひょろい男を思い出す。あまり男らしくない、まだ二十四歳の若者。子どもができたと言われて結婚してみれば浮気が発覚、DNA検査をしてみれば血縁は否定され、奥さんもそれは認めながら、当時付き合っていた男のなかで一番収入の良い田辺を選んだというから確信犯だ。良心は痛まないのかと問い詰めたくなる。 「千聖ちゃんが感情論出すの、珍しいね」 「誰でもそう思うだろ」 「誰でもそう思う、ってだけなら、調停も裁判もいらないんだよね……。調停委員は?」  新山が珍しく溜め息をついて、三島を見上げた。堅物の三島ですら、今は心なしか同情しているように見える。 「さすがに田辺さん寄りのようです。奥様の言い分はやはり……」 「家裁がどう判断するか……。七七二条がネックかな、一歳過ぎてるし。でも鑑定書があるし、七七〇条と七七四条も味方だろうし、調停でまとまってほしいけど……奥さん次第では訴訟まで行く可能性もなくはないのか。あんまり養育費でうるさいなら嫡出否認……は鑑定書でできたか一応判例あたるとして、これだけ明らかなら、もう諦めてくれないかな……」 「みんなそう思ってるさ」  千聖は溜め息をつく。  普段は特別千聖のことなど気にしない新山が、珍しくその様子をじっと見ていた。
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