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「え? いや、大丈夫ですよ」
「そうだよ、大丈夫だって」
「あんたも詫びるんだよ。自分のしたこと、わかってんだろ」
新山の頭をひっつかんで下げさせる男に好感がもてる。勤務日の交代を謝ってくれているそうだ。それも、当の新山よりも深く。
「千聖ちゃん、ごめんね」
「本気で思ってんのか。真面目に謝れ」
自分が常々新山に対して思っていることを率直に言う様子が痛快だった。あの新山が言い負かされている。おもしろい。田辺とはやはり逆に感じた。
――なぜ今、田辺を思い出したのかはわからないが。
(細さが似ているから? いや、でも田辺さんはここまで細くないしな。風体はまったく似ていないのに、どうして)
積み重なる疑問を胸の底へ押し込めながら、漫才のような二人の謝罪に千聖は笑った。溜め息をつかずに済んだのは久しぶりだった。
「あー、ごめん、ちょっと先に抜けるね。休憩終わりだから」
新山が伝票を持って席を立つ。そのまま帰るのかと思えば、ふと振り返った。
「千聖ちゃん」
そう言って指差すのは自身の頭。そしてすぐに踵を返して颯爽と出ていく。千聖は察して「マジか」と内心呟いた。
一之瀬と名乗った恋人は不思議そうな顔をしていたが、何かを尋ねてくることはなかった。休みに呼び出して悪いと思っているのも本当なようで、ひと通り挨拶を終えると帰って行った。
(あいつの相手っていうなら、あのくらいでちょうどなのかもな)
奔放な新山を叱り飛ばせるくらいの度胸がなければ、あいつには付き合いきれないだろう。二人が去ってから、元同級生としての感慨が湧いた。
家に着くなり紙袋を検める。
(菓子折りじゃなくて肉……ってことは、新山が話したんだろうな)
一応は新山も悪いと思っているらしい、と新山の悪びれない態度を思い出しながら苦笑する。
そこだけは見た目通りと言われそうだが、筋肉維持のため、千聖は菓子の類を一切口にしない。元が細いだけに、筋肉の維持には相当な苦労を要する。あとは、髪も。
(あいつ、覚えてたんだな)
千聖がコンプレックスにしている地毛の色。逆プリンになっていると言いたかったのだろう。また黒染めしないといけないのかと憂鬱になって、やっぱり千聖は溜め息をつく羽目になった。
それでも今日のやりとりを思い出して手元の肉を見ると、いつもよりはマシな気分になった。
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