(依頼人に)よばれる

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(依頼人に)よばれる

「例の田辺さん、どうなった?」 「千聖ちゃんが気にするなんて、珍しい。雪だるまでも降るのかな」  確かに引き継ぎを終えた案件について尋ねることはほぼないが、だからといってそこまで言われることだろうか。 「あんだけインパクトあれば聞くだろ。場合によっては俺も関わるんだし」 「まあ、そうだね。でもそこまでは行かなそうだよ。さすがにね」  最近では裏での相談だけでなく調停の場にも赴いているらしい新山は、飄々とした態度を崩さずに言った。ということは、訴訟までは行かないのか。何よりだ。  奥さん相手に新山がどんな態度なのかは察しがつくが、まあそれは、致し方ないことかもしれない。外面だけは良い新山だが、利のある相手以外には冷徹だ。雰囲気だけは優しめに、画鋲やら釘やらを刺しまくっているのだろう。法廷へ行けばもっと厳しくなるのを知っているだけに、奥さんのためにも、この辺りで手を引いてくれとさえ思う。 「なら良かった。田辺さん、最近調子良さそうだしな」  見かけるたびに足取りが軽くなってゆく田辺の様子から察してはいたが、好転しているのなら良かった。  千聖が安堵の溜め息をつけば、資料をめくっていた新山が手を止めて、座ったままじっと見上げてきた。 「千聖ちゃん」 「……なんだ」  呼びかけるだけで一向に口を開かない新山は初めて見る。顔立ちが綺麗なだけに、凄まれている気分になった。 「……あの男は、だめだよ。少なくとも、依頼人の間は」 「は?」 「落ち着くまでは問題起こさないでね、ってこと」  含みのある言い方だが、聞き返しにも応じるのは珍しい。とはいえ心当たりの一切ない千聖は首を傾げるしかない。むしろ問題を起こすならお前の方だろう、と言いたくなった。 (一之瀬くん、だっけ。彼なら言うんだろうな)  数か月前に会った青年を思い出す。同時に、田辺の姿も思い出した。 (そうか、目が大きくて、子犬みたいな庇護欲をそそる感じが似ているのか)  ようやく共通点が見つかった。それなら納得だ。  新山がその様子を眺めて溜め息をついていたことに、千聖は気づいていなかった。
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