(依頼人に)よばれる

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「あっ、樫木さん」 「田辺さん、こんにちは。すみません、今日もお待たせしてしまって」  もうすぐ終わるとはお茶の交換に出た三島から聞いたものの、新山はまた間に合っていないらしい。いや、今日は田辺が早いのか。先に相談室へと通され、すでにコーヒーを出されていた。呼び止められて挨拶しないわけにもいかず、千聖は振り向いて会釈した。 「大丈夫です。ちょうど良かったです、樫木さんに少しお話があったので」 「私に、ですか?」  担当はもう新山に代わった。今さら話すことは、千聖にはない。席には着かず、相談室の戸口に立つ。威圧感を与えないか心配になった。  しかしこちらを見上げる田辺の顔を見る限りでは大丈夫そうだ。むしろ、少しだが期待を感じる。勘違いだろうか。 「あの、相談……ではないんですけど、ちょっと聞きたいことがあって。今週末にでもお会いできませんか?」 「今、うかがいましょうか」  週末には出勤していないしな、とも思うし、田辺にとって二度手間になるだろう、と気づかいもする。しかし田辺は首を振った。 「いえ、できれば外で……だめですか?」  子犬のような瞳に見上げられて困る。 「……内容によります。個人情報が絡むお話であれば、ここの方がいいかと」  外で離婚調停の話なんてしづらいしな、と考えてみる。だが田辺は事務所以外で話したいと言うし……相談ではない話? 理解不能だった。 「それ、筋トレされてますよね。僕も鍛えたくて、そのお話を聞いてみたいなと」  指差されるのは、スーツがはちきれそうなほどの上腕二頭筋。もしくは大胸筋。細身の田辺もついに強くなりたいと思ったのだろうか、と推測してみる。  自分は昔、華奢でいじめられることが多かった。だからもういじめられないようにと、とにかく体を鍛えた。今の千聖の体格はコンプレックスの裏返しだ。次に頭も鍛えた。助けに入ってくれた新山のようになりたくて。その憧れは今ならまちがっている気もするが、少なくとも役には立っている。 「……わかりました。以前お渡しした名刺に連絡先もありますので、そちらにご連絡いただければと存じます」  気がつけば了承していた。話の運びがどうにも新山と似ている気がした。 (でもまさか、あいつほど裏はないだろう)  せっかく立ち直りかけている田辺を後押しできるのなら、と千聖は頷いていた。 (そういえば弁護士とクライアントが外で会うのはどうなんだ? 仕事外ならいいのか? 仕事、外……?) 「じゃあ、連絡させてもらいますね」 「はい」 「田辺さん、お待たせいたしました」  千聖が困惑していたところで、新山が表情明るく入ってきた。  ――もう、手遅れだった。
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